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成功の要諦 -13

第五講 心を高め、魂を磨く(2006321)

 

平成17年に発刊され、ベストセラーとなった五木寛之氏との共著『何のために生きるのか』

(致知出版社)の出版記念講演です。

自らの人生を振り返りつつ、心が人生に及ぼす影響を述べ、より美しい魂になって死を

迎えることが人生の目的であると説いています。

 

人は存在することに大きな意義がある

 

人は誰一人として、自分の意思で「この世に生まれてこよう」と思って生まれてこられた方は

いらっしゃらないと思います。

物心がついて気がついてみると、両親のもとに生を享けて、両親の庇護のもとに成長をして生きている。

それがそれぞれの人の人生の始まりだと思います。

そういう意味では、自分でこの現世に生まれてこようと思って生まれてきたわけではないのですから、

「何のために生きるのか」と問われたところで、それに答えるのはなかなか難しいことでもあります。

ただ、私がまず思いますのは、我々がこの現世に存在していること自体に大変意義があるのではないか、

ということなのです。

 

命の連鎖で維持されている自然界

 

一般の生物たちは、自分が生きるだけではなくて、自分の命と引き換えに他の命を助けているのです。

そのような循環が、この地球上では延々と行われてきています。

 

世のため人のために尽くして生きる

 

人間には素晴らしい知恵を持つと同時に、素晴らしい理性や良心というものを持っているではないか。

ならば、すべての命を収奪して生きるだけではなく、理性や良心を使って、他のものたちに対して

何か施しをすることも考える必要があるのではないだろうか。

せっかくこの世に生を享けたのですから、命のある限り自分だけが生きるというのではなく、

我々人間も世のため人のために少しでも尽くして生きるべきではないか。

わずかでもいいから、世のため人のために尽くす生き方が人間として大事なのではないか。

そこに、この人生を生きていく意義があるのではないかと思うのです。

つきり、私たちは何のために生きるのかといえば、その第一の目的は、世のため人のために、

ささやかでもいいから尽くすことであると私は思っているのです。

 

利他の心の原点に感謝がある

 

お釈迦様は、生きていく人間にとって一番大事なことは利他の心であると説きました。

お釈迦様の神髄とは、慈悲の心です。思いやりを持った悲しみの心、それがお釈迦様の心です。

この心は、他のものを少しでも助けてあげよう、よくしてあげようと思う心です。

そうした心を持って生きていくことが人生の目的なのではないか。

つまり、利他の行為を行うことが、人間にとって、一番に大事なことだと思うのです。

この利他の心の対極にあるのは、利己の心です。自分だけよければいい、という心です。

このような利己の心を離れて、利他の心で他人さまをよくしてあげようという心で人生を生きていく。

それが生きる目的だと私は思っているのですが、実は、これは口で言うほど簡単ではありません。

利他の心を持って、他人さまに美しい思いやりの心で接しようという考えで人生を生きていこうと

思えば、まず、現在生きていることに感謝をするという心が起こってこなければいけません。

次に、そのような感謝の心が芽生えてきますと、自然と自分自身がどんな環境にあっても幸せだと

思える心になっていくはずです。「いや、私は決して幸せではありません。

大変不幸な人生を生きています」とおっしゃる方もおられるかもしれませんが、この世の中を

見渡せば、そういう方よりもおられるかもしれませんが、この世の中を見渡せば、そういう方より

もっと不幸な境遇の人もたくさんおられるはずです。

そう考えれば、親兄弟が一緒にいられるだけでも幸せではないかという感謝の念が湧いてくるはずです。

つまり、どんな境遇であれ、心のあり方によって幸せはそれぞれに感じられるものなのです。

そう感じるようになるためにも、まず最初に、現在こうして生きているだけでも幸せだという

感謝の念が起こってくることが大事なのです。

そのようにして自分が幸せだと思えるようになってきますと、その次には当然、他の人にも

親切にしてあげたいという思いやりの心が生まれてくると思います。

またそういう心が起こってこなければいけないのです。

したがって、利他の心を持つためには、まず自分が生きていることへの感謝の心を持たなくては

ならないというわけです。

 

 

この続きは、次回に。

 

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