お問い合せ

人を動かす経営 松下幸之助 ㊷

成功の秘訣うまくいかなかった同業者

 

商売でも何でも、自分のやっている物事がうまくいかないとなると、気もくじけ、やる気も失い、

ついつい他の道を求めがちなのがお互い人間である。

これは人情としてもひとつのやむをえない姿かもしれない。しかし、そうやって他の道を求めてうまく

いけばよいけれども、実際にはなかなかそううまくいかない場合も少なくない。

だから、たとえ苦しくても、じっとしんぼうして、今取り組んでいる事にさらに励んでいく事が一面

大切ではないかと思う。そうした姿の中からこそ、しだいに道もひらけ、物事の成功というものも逐次

得られてくるのではないだろうか。

私が自分で商売を始めた当初のころの事である。思いがけなく、近所に同乗者の工場ができた。

といっても、規模は小さく、私の工場と同様に、ふつうの家屋を使って工場にしているようなところ

である。けれども、同業者である事にはまちがいない。いわば、ライバル登場、というところである。

これはしっかりやらなければならない。向こうが隆々と発展して、こちらがショボンとしていたのでは

話にならない。大いに頑張って、負けないようにやらなければならない。

私はそこで自分自身を日夜励ましたものである。

そこの主人と会って話をしてみると、私と同様、商売をまだ始めたばかりである。

そして私に向かって、「この近所に同業者があるとは少しも知らなかったのです。しかし、これも

何かのご縁でしょう。ひとつ今後とも、競争などはやらず、仲良くやっていきましょう」というように

言った。私もその場ではそう思ったから、そういうあいさつをして別れた。

ところが、やはりそうは言っても、目と鼻の先で同業者がいて商売をやっているというのは、気になる。

どういった仕事ぶりをしているか、興味もわいてくる。

競争はしないようにしましょうとは言ったものの、知らず識らず、あちらさんに負けてはいけない、

という気になってくる。そして向こうも頑張っているようである。

夜遅くになっても、まだ灯がついている。作業を続けている。負けてはいられない。

こちらも仕事を続ける。頑張って続ける。おのずと競争になる。

やはり、よき競争相手というものは必要である。

競争のための競争は好ましくないであろうが、互いの向上につながる競争であれば、よき競争相手の

存在は好ましい。私はこの同業者、Kという名の主人であったが、そのK氏が近くにいたことは、大いに

プラスになったと思っている。

ところが、そのK氏の工場は、一年ほどたってどこかへ移っていってしまった。

その後あちこちを転々としたらしいが、K氏は五、六年後に一度私のところへたずねてきた。

そして、松下工場が多いに発展している姿を見て、しきりに感心していた。

「松下さんはえらい。よくここまで発展させたものだ。本当におどろいた。

それにくらべて私の方はどうもうまくいかない。いろいろあちこちへ行って工場もつくって頑張りは

したのだが、いまだに成功しない。

少しうまくいきかけたかなと思えば、代金の回収ができなくなったり、頼りにしていた店員がやめたり

してだめになる。全く、商売というものはむずかしい。なかなかうまくいかないものだ。

松下さんがこうして成功しているのがふしぎでならない。どこに成功の秘訣があるのだろう。

教えてくれませんか」

私はK氏のことばを聞いている内に、何か一言これは言ってあげないといけない、という気がしてきた。

K氏はハッキリ言って、商売の上に迷いを持っている。それが判断の上に影響して、経営の弱さとなって

いる。これではうまくいかないであろう。

だから、私は、K氏に対する励ましの意味も込めて、少し強い口調でK氏に話をしたのである。

 

「いや、あなたのような熱心な人が成功しないことの方がふしぎです。

熱心にやればやるだけ成功するのが事業というものでしょう。だから、成功しないというのは、本当の

熱心さがまだ足りないということではないでしょうか。

本当に熱心に、真剣にやっておれば、必ず成功に結びつくものだと思います。

また、それが商売というものでしょう。

商売は真剣勝負と同じです。首をハネたりハネられたりする内に勝つというものはないと思います。

必ず成功しなければならない。つまり商売をしたことになるのです。

もしも、その商売が成功しないというのであれば、それはまさにその経営の進め方に当を得ないところが

あるからだ、と考えねばなりません。時代が悪いのでもない、経済状況が悪いのでも、得意先が悪い

のでもない。すべて、経営が悪い、経営者が当を得ていない、と考えるべきです。

だから、商売はときに損をしたり、また儲けたりするものだという考え方ではいけないと思うのです。

たとえ世の中が不景気のときであってもよし、好景気ならさらによし、という姿でなければなりません。

本当の商売人、真の経営者というものは、不景気のときにむしろ向上発展の基礎を固めるものです」

 

私は、私なりに商売というもの、経営というものの真の姿を説きたかった。

うまく説けたかどうかわからない。しかし、経営に対するこの私の考え方は、今でも基本的に変わって

いないと思う。成功するためには、成功するまで続けることである。

途中であきらめて、やめてしまえば、それで失敗である。

だから、いくら問題がおこってきても、それを、くじけることなくくり返していく。

決してあきらめない。成功するまで続けていく。そうすれば、やがて必ず成功するわけである。

商売というもの、経営というものは、もともとそういうものではないだろうか。

それであってこそ、本当の商売、経営といえるのではないでなかろうか。

一度や二度、うまくいかなかったからといって、あきらめて、他の道を求めていたのでは、それは

本当の経営にはならない。

いかなる事態がおころうと、どのような苦しい状態に陥ろうと、くじけずにそれに対処し、その解決の

道を見出していく、そういう努力を重ねて、よりよい姿を実現していくのが経営というものではない

だろうか。もちろん、それは口で言うほど簡単なものではない。

そこには本当の身を削るような努力というものが必要であろう。

そのようなむずかしさはある。けれども、それを乗り越えていくところに、また人生の一つのおもし

ろさというものも見出されるのではないか、という気もするのである。

 

 

この続きは、次回に。

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