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「新訳」 イノベーションと起業家精神 上-14

[第8章]  認識の変化をとらえる—第六の機会

1 半分入っている

  コップに「半分入ってる」と「半分空である」とは、量的には同じである。だが、意味は

  まったく違う。とるべき行動も違う。

  世の中の認識が「半分入っている」から「半分空である」に変わるとき、

  イノベーションのための機会が生まれる。ここに経済、政治、教育における認識の

  変化と、それらの変化がもたらしたイノベーションの機会に関する、いくつかの例がある。

 

・健康についての認識

  原因が何であれ、この認識の変化はイノベーションをもたらす大きな機会である。

 

・食事と晩餐

  かつて、食事の仕方は所得階層によって決まった。一般人は質素な食事をし、金持ちは

  豪華な食事をした。しかし、これがこの20年間に変化した。

  今日では、同じ人間が質素な食事もし、豪華な食事もする。

 

・黒人の意識

  実際には、アメリカの黒人の地位は大幅に向上した。高校よりも上の学校へ進む黒人は

  白人の五分の一という割合から、1970年代初めには白人と肩を並べ、白人の人種に

  よってはそれを凌駕するにいたった。

  同じ進展が、雇用、所得、経営管理者や専門職への登用で見られた。

  1980年代の今日、アメリカの黒人の多くは、コップに「半分入っている」ではなく、いまだに

  「半分空である」としている。

  黒人にとって、苛立ち、怒り、疎外感は、減少するどころか増大している。

  彼らは、経済的にも政治的にも中流階級の仲間入りをした三分の二の黒人ではなく、残りの

  挫折した三分の一の黒人を見る。いかに変化が速かったかではなく、いかに多くが残され、

  いかに変化が遅く、いかに変化が困難であるかを見る。

  これに対し、黒人にとって昔から見方である白人のリベラル、すなわち労働組合、ユダヤ人社会、

  学者などは変化のほうを見る。彼らは、コップに「半分入っている」と見る。

 

・女性の意識

  シティバンクが、この変化をイノベーションの機会としてとらえた。しかし、すでに女性が専門職や

  経営管理者として認められていた百貨店、広告代理店、雑誌社、出版社は、変化に気づかな

  かった。今日、それらの企業では、30年前や40年前よりも女性の専門職や経営管理者が減って

  いるくらいである。

  これに対し、シティバンクは極端な男性社会だった。

  変化を認識できたのも、そのためだったかもしれない。

  シティバンクは、この女性の意識の変化を機会としてとらえ、とりわけ野心的な有能な女性を

  雇い入れて、活躍させることに成功した。しかもシティバンクは、キャリアウーマンの昔からの

  就職だった企業と競争することなしに、彼女たちを雇うことができた。

 

・アメリカの中流階級化

  このように、認識の変化をイノベーションの機会としてとらえる者もまた、長期にわたって

  独占的に行動することができる。

  1950年代の初めというかなり昔のケースにも、認識の変化を利用したイノベーションの例がある。

  1950年頃、アメリカ人の圧倒的多数が、所得や職業のいかんにかかわらず、自らを

  中流階級として考えるようになった。

  明らかにアメリカ人は、自らの社会的地位についての認識を変化させた。

  認識の変化が起こっても、実体は変化しない。意味がある。

  「半分入っている」から「半分空である」に変化する。

  自らを労働者階級として一生身分が変わらないとする見方へと変化する。

  そのような認識の変化は速い。アメリカ人の過半が、自らを労働者階級ではなく、

  中流階級として考えるようになるには10年とかからなかった。

  まったくのところ、経済は関係さえしないかもしれない。

 

2 タイミングの問題

・機会への敏感さ

  経営管理者たちも、認識の変化によるイノベーションの可能性を認める。だが、ややも

  すれば、それを非現実的なものとして軽視する。

  彼らは、認識の変化を利用してイノベーションを行うことを非現実とする。

  しかし、エンサイクロペディア・ブリタニカやサンダーバード、セレスティアル・シーズ

  ニングスには、非現実的な要素はない。

  いかなる分野にせよ、イノベーションに成功する人たちは、そのイノベーションを行う場所に

  近いところにいる。

  彼らがほかの人たちと違うのは、イノベーションの機会に敏感なところだけである。

 

・小さく着手せよ

  認識の変化をイノベーションの機会に利用しようとして急ぎすぎることには危険が伴う。

  そもそも認識の変化と見えるものの多くは、一時的な流行にすぎない。

  1年か2年のうちには消えてしまう。しかも、一時的な流行と本当の変化は、一見して明らかと

  いうものではない。そのうえ、認識の変化がいかなる結果をもたらすかを知ることは、ほとんど

  不可能である。認識の変化をイノベーションの機会としてとらえるうえで、模倣は役に立たない。

  自らが最初に手をつけなければならない。ところが、認識の変化が一時的なものか永続的な

  ものかはなかなか見極めがつかない。したがって、認識の変化にもとづくイノベーションは、

  小規模に、かつ具体的に着手しなければならない。

 

この続きは、次回に。

 

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