お問い合せ

「新訳」 イノベーションと起業家精神 上-15の②

・マネジメントの必要性

  第三に、知識によるイノベーション、とくに科学や技術の知識によるイノベーションに成功する

  には、マネジメントを学び、実践する必要がある。事実、知識のイノベーションは、ほかのいか

  なるイノベーションよりも、マネジメントを必要とする。リスクが大きいだけに、マネジメントと

  財務についての先見性をもち、市場中心、市場志向であることが大きな意味をもつ。

  しかるに今日、知識によるイノベーション、とくにハイテク分野のイノベーションでは、ほとんど

  マネジメントが行われていない。知識によるイノベーションが失敗するのは、起業家自身に

  原因がある。彼らは高度の知識以外のもの、とくに自分の専門領域以外のことに関心をもたない。

  自らの技術に淫し、しばしば、顧客にとっての価値よりも技術的な複雑さを価値としてしまう。

  この点については、20世紀の起業家よりも19世紀の発明家に近い。しかしハイテクを含め、

  知識によるイノベーションにおいても、マネジメントを意識的に行うことによって、リスクを大幅に

  小さくできることを教えてくれる企業は多い。まさに、知識によるイノベーションには特有のリスクが

  伴うがゆえに、起業家としてのマネジメントが必要とされ、大きな効果をあげる。

 

4 特有のリスク

  綿密な分析、明確な戦略、意識的なマネジメントをもってしても、知識によるイノベーションには

  特有のリスク、特有の不確実性が伴う。そもそもそれは、本質的に乱気流の世界である。

  知識によるイノベーションは、すでに述べたように、リードタイムの長さと異なる知識の結合という

  特有のリズムをもつ。

 

・新産業の開放期

  まず最初に、きわめて長期にわたって、今にもイノベーションが起こりそうでありながら何も

  起こらないという期間が続く。そして突然、爆発が起こる。数年間にわたる開放期が始まり、

  非常な興奮と事業の乱立が見られ、華々しく脚光があてられる。そして5年後には整理期が始まり、

  ごくわずかな企業だけが生き残る。しかしいずれの場合も、生き残った企業は例外なく、初期

  のブーム時に生まれたものである。

  ブームのあとでは、新規参入は事実上、不可能となる。

  知識にもとづく産業には、数年間にわたって、新設のベンチャー・ビジネスが逃してはならない

  開放期がある。今日、この開放期は短くなってきたと見られている。しかしそのような見方は、

  新しい知識が技術、製品、プロセスとなるまでのリードタイムが短くなってきたという見方と

  同じように、まったくの誤りである。

 

・時間との闘い

  これらのことは、二つの意味をもつ。

  第一に、科学や技術によるイノベーションを行おうとする者にとっては、時間が敵である。

  ほかのイノベーション、すなほち、予期せぬ成功や失敗、ギャップの存在、ニーズの存在、

  産業構造の変化、人口構造の変化、認識の変化にもとづくイノベーションにとって時間が

  見方であるとの大違いである。それらのイノベーションでは、イノベーションを行う者は放って

  おかれる。たとえ間違っても、修正する時間がある。新しいベンチャーに着手するチャンスも、

  数回はある。しかし知識、とくに科学や技術によるイノベーションでは、そうはいかない。

  新規参入が可能な開放期は短い。

  チャンスは二度とない。最初から失敗してはならない。環境は厳しく仮借ない。

  開放期が過ぎれば、チャンスは永久に失われる。しかし知識産業のなかには、最初の開放期が

  終わって20年、30年後に、再び開放期が始まるものがある。コンピュータがその一例である。

  第二に、知識によるイノベーションの開放期が混み合ってきたために、イノベーションを行う者の

  生き残りの確率が小さくなった。開放期における新規参入者の数は、今後増える一方となる。

  しかし産業構造は、ひとたび安定し成熟してしまえば、少なくとも一世紀は安定的に続く。

  もちろん産業構造は、産業によって大きく異なる。それは、技術、資金、参入の容易さ、市場の

  ローカル度によって変わる。それぞれの産業には、それぞれ特有の構造がある。

  産業によっては大企業、中企業、小企業、専門化した企業など、多様な企業がありうる。

 

・整理期

  整理期は、開放期が終わるとともに始まる。

  開放期に設立されたベンチャー・ビジネスのきわめて多くが、鉄道や電機、自動車などの

  昨日のハイテクで見られたように、この整理期を生き延びることができない。いずれが生き残り、

  いずれが死ぬか、いずれが生きることも死ぬこともできずにいるかはわからない。

  予測をしても無駄である。規模が大きいために、生き残れるという企業もあるかもしれない。

  だが規模の大きさは成功を保証しない。もしそうであるならば、今日、デュポンではなく

  アライド・ケミカルが、世界で最も業績のよい最大の化学メーカーになっていたはずである。

  いかなる産業が重要な産業となるかは、容易に予測することができる。歴史を見る限り、

  私が開放期と呼ぶ爆発的ブーム期を経験した産業はすべて、重要な産業となっている。

  問題はそれらの産業において、どの産業が生き残り、主要な地位を占めるにいたるかである。

 

・ハイテクのリスクと魅力

  投機熱を伴う開放期のあとに厳しい整理期が続くというパターンは、とくにハイテク産業で

  現れやすい。なぜならば、ハイテクは、ほかの平凡な産業に比べて、脚光を浴び、多くの

  新規参入と投機を引きつけるからである。期待も大きい。

  この整理期に生き残るための処方は一つしかない。マネジメントである。

 

・受容度についてのギャンブル

  知識によるイノベーションが成功するためには、機が熟していなければならない。

  世の中に受け入れられなければならない。このリスクは、知識によるイノベーションに固有の

  ものであって、その固有の力と裏腹の関係にある。ほかのイノベーションはすべて、すでに

  起こった変化を利用する。すでに存在するニーズを満足させようとする。ところが知識による

  イノベーションでは、まさにイノベーションそのものが変化を起こす。

  それはニーズを創造することを目的とする。

  しかるに、顧客が受け入れてくれるか、無関心のままでいるか、抵抗するかを事前に知ることは

  できない。本当のニーズ、本当の欲求が存在することも誰もが知っている。しかし、実際にそれが

  現れると、無関心や抵抗しかないということがある。

  社会の受容度にかかわるリスクをなくすことはできないし、小さくすることさえできない。

  市場調査は役に立たない。存在しないものについて調査をすることはできない。

  世論調査などは、役に立たないどころか有害である。少なくとも、知識にもとづくイノベーションに

  対する社会の受け入れ方に関する権威の意見にまつわる経験が、すでに教えているとおりである。

  選択の道はない。知識のイノベーションを行うのならば、それが受け入れられるかどうかについては、

  賭けてみるしか道はない。

 

・知識によるイノベーションの報酬

  知識によるイノベーションには、ほかのイノベーションよりも大きなリスクがつきものである。

  しかしそのリスクは、それが世に与えるインパクト、そして何よりもわれわれ自身の世界観、

  われわれ自身の位置づけ、そしてゆくゆくは、われわれ自身にさえ変化をもたらすことに対する

  代価である。ほかのイノベーションでも富を手に入れることはできる。しかし知識による知識による

  イノベーションでは、名声まで手に入れることができる。

 

この続きは、次回に。

トップへ戻る