お問い合せ

「新訳」 イノベーションと起業家精神 上-17②

・なすべきでないこと

  そしていよいよ、いくつかの「なすべきでないこと」がある。

 (1) まず、利口であろうとしてはならない。

          イノベーションの成果は、普通の人間が利用できるものでなければならない。

          多少なりとも大きな事業にしたいのであれば、さほど頭のよくない人たちも使って

          くれなければならない。つまるところ、大勢いるのは平凡な人たちである。

          組み立て方や使い方のいずれについても、利口すぎるイノベーションはほとんど

          確実に失敗する。

 (2) 次に、多角化してはならない。散漫になってはならない。

          一度に多くのことを行おうとしてはならない。

          もちろんこれは、「なすべきこと」の一つとしての的を絞ることと同義である。

          核とすべきものから外れたイノベーションは雲散する。

          アイデアにとどまり、イノベーションにいたらない。ここでいう核とは、技術や知識に

          かぎらない。市場のこともある。事実、市場についての知識のほうが、技術についての

          知識よりもイノベーションの核となる。

          イノベーションには核が必要である。さもなければあらゆる活動が分散する。

          イノベーションにはエネルギーの集中が不可欠である。また、イノベーションを

          行おうとする 人たちが、互いに理解しあっていることが必要である。

          多様化や分散はこの統一、すなわち共通の核となるものが必要である。

          多様化や分散はこの統一を妨げる。

 (3) 最後に、明日のためにイノベーションを行おうとしてはならない。

          現在のためにイノベーションを行わなければならない。たしかに、イノベーションは

          長期にわたって影響を与えるかもしれない。

          あるいは、20年たたなければ完成しないかもしれない。

          イノベーションには、ときとして長いリードタイムが伴う。

          医薬品の開発研究では10年を要することも珍しくない。しかしそれにもかかわらず、

          今日、医療上のニーズが存在していない医薬品の開発研究に着手する製薬会社はない。

 

・イノベーションを成功させるための三つの条件

   そして最後に、三つの条件がある。

   いずれも当然のことでありながら、しばしば無視されている。

 

 (1) イノベーションとは、仕事でなければならない。

          イノベーションを行うには知識が必要である。

          創造性を必要とすることも多い。事実、イノベーションを行う人たちのなかには、

          卓越した才能をもつ人たちがいる。

          イノベーションには、ほかの仕事と同じように、才能や素地が必要である。しかし

          イノベーションとは、あくまでも意識的かつ集中的な仕事である。

          勤勉さと持続性、それに検診を必要とする。

          これらがなければ、いかなる知識も、創造性も、才能も、無駄となる。

 (2) イノベーションは、強みを基盤としなければならない。

           イノベーションに成功する者は、あらゆる機会を検討する。そして「自分や自分の

           会社に最も適した機会はどれか。

           自分(あるいは自分たち)が最も得意とし、実績によって証明ずみの能力を生かせる

           機会は何か」を問わなければならない。このとき、イノベーションの仕事はほかの

           仕事と 変わるところがない。しかしイノベーションにおいては、知識と能力の果たす

           役割がきわめて大きく、しかもリスクを伴うからである。

           イノベーションには相性も必要である。

           何ごとも、その価値を心底信じていなければ成功しない。

           イノベーションの機会そのものが、イノベーションを行おうとする者の価値観と合って

           いなければならない。彼らにとって意味ある重要なものでなければならない。

           さもなければ、忍耐強さを必要とし、かつ欲求不満を伴う厳しい仕事はできない。

 (3) イノベーションはつまるところ、経済や社会を変えるものでなければならない。

          それは、消費者、教師、農家、眼科手術医などの行動に変化をもたらさなければ

          ならない。プロセス、すなわち働き方や生産の仕方に変化をもたらさなければならない。

          イノベーションは、市場にあって、市場に集中し、市場を震源としなければならない。

 

2 イノベーターの保守性

プロセス・ギャップによるイノベーションをもとに、25年で世界的な事業を育てたある有名な

起業家がコメントを求められた。ところが彼はこう言った。

「みなさんの発言にとまどっている。私自身、大勢の起業家やイノベーターを

知っているつもりだが、今まで、いわゆる起業家的な人には会ったことがない。

私が知っている成功した人たちに共通している点は一つしかない。

それはリスクをおかさないということである。彼らはみな、おかしてはならないリスクを明らかにし、

それを最小限にしようとしている。そうでなければ、成功はおぼつかない。

私自身、リスク志向でいたかったならば、不動産や商品取引、あるいは母が希望したように

画家になっていたと思う」

リスクを求めて飛び出すよりも、時間をかけてキャッシュフローを調べている。

イノベーションにはリスクが伴う。しかし、スーパーでパンを買うために車に乗ることにも

リスクは伴う。そもそも、あらゆる経済活動にリスクが伴う。しかも昨日を守ること、すなわち

イノベーションを行わないことのほうが、明日をつくることよりも、はるかに大きなリスクを伴う。

イノベーションは、どこまでリスクを明らかにできたかによって、成功の度合いが決まる。

どこまでイノベーションの機会を体系的に分析し、どこまで的を絞り、利用したかによって決まる。

まさに成功するイノベーションは予期せぬ成功や失敗、ニーズの存在にもとづくものなど、

リスクの限られたイノベーションである。あるいは、新しい知識によるイノベーションのように、

たとえリスクが大きくとも、そのリスクを明らかにすることのできるイノベーションである。

イノベーションに成功する者は保守的である。彼らは保守的たらざるをえない。

彼らはリスク志向ではない。機会志向である。

 

この続きは、次回に。

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