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[新訳]イノベーションと起業家精神(下) —-その原理と方法⑳

5 起業家社会における個人

 

起業家社会では、一人一人の人間が、自らの機会とすべき重大な挑戦、すなわち継続学習と再学習の必要性に直面する。これまでの社会では、学習や青年期あるいは少なくとも社会人に達したとき完了するものと想定することができた。事実、そのように想定されていた。21歳頃までに学んだことは、それ以後も学ぶことはなかった。その反面、21歳までに学んだことは、その後の人生において、何ら変わることなく使うことができた。

そのような前提のもとに、見習い制度も成立していた。教育制度や学校も成立していた。職能、資格、教育、学校は、今日でも多かれ少なかれ、これを前提としている。もちろん例外的に、継続学習と再教育を行う人たちはいた。芸術家、学習、禅僧、イエズス会の修道士などだった。しかしそれらの例外は、無視できるほど少なかった。

 

○   不断の学習

起業家社会では、成人後も、新しいことを一度ならず勉強することが常識となる。21歳までに学んだことは、5年から10年で陳腐化し、新たな理論、技能、知識と替えるか、少なくとも磨かなければならなくなる。

このことは、一人一人の人間が、自らの継続学習や再教育、あるいは自己啓発、キャリアについて、ますます大きな責任をもたなければならなくなることを意味する。もはや、少年期や青年期に学んだことが一生の基盤になることを前提とすることはできない。それは、その後の人生において全面的に依存すべきものではなく、そこから離陸すべきスタート台にすぎない。これからは、一人一人の人間が、自らの人生において、自らの意思によって、さまざまなキャリアを探し、進んでいくことを当然とする必要がある。しかも高等教育を受けている人ほど、起業家的なキャリアを選び、厳しい学習に挑戦していかなければならない。今後とも大工は、見習いや渡り職人として得た技能が40年後も役に立つと想定できる。しかし、医師、技術者、冶金専門家、化学者、会計士、弁護士、教師、経営管理者は、今後15年間において習得し、実際に使う技能、知識、道具でさえ、今日彼らがもっているものとはまったく異なる新しいものになっていることを前提とする必要がある。それどころか、わずか15年後でさえ、自分がまったく新しいことを行い、まったく新しい目的をもち、多くの場合、まったく新しいキャリアを進んでいるかもしれないことを想定しておいたほうがよい。そして、そのために必要な継続学習や再教育、さらには方向づけの責任を負うことができるのは、自分自身しかいない。そのとき、伝統、慣例、方針は、助けになるどころか障害になるだけである。

 

○   教育の改革

このことは、起業家社会が、学校や学習にかかわる今日の前提や慣行に疑問を投げかけることを意味する。今日、世界中の教育制度が、基本的には17世紀ヨーロッパの教育の延長戦上にある。もちろん、新しいことが付加され、修正された。しかし、今日の学校や大学の基本の構造は、300年以上前と変わらない。

教育にかかわる者は、学校教育が若い人たちだけのものではなくなっていること、今や学校にかかわる最大の課題、そして同時に最大の機会は、すでに高等教育を受けている社会人の継続的な再学習であることを認識する必要がある。

20年ほど前から、アメリカでは、高学歴の社会人のための継続学習や専門教育が、特定の計画や思想とは関係なく、しかも既存の教育界からの支援もなしに、大きな成長産業となっている。

 

○   起業家社会の役割

今日では誰もが知っているように、100年をかけて、その福祉国家も道を走り終わった。福祉国家は、人口の高齢化と少子化という問題に直面しつつも、生き残っていくかもしれない。だがそれが生き残ることができるのは、起業家経済が生産性の大幅な向上に成功したときだけである。われわれは、こちらにもう一つの新しい福祉、あちらにもう一つの福祉というように、相も変わらず福祉の大殿堂にいくつかの小さな手を加えていくかもしれない。しかし、今やオールド・リベラルでさえ知っているように、福祉国家は過去のものであって、未来のものではない。だが、その後継者は、はたして起業家社会となるのだろうか。

 

訳者あとがき

本書は、今日すでに存在する企業、社会的機関で働いている人たち、あるいは現在新しい事業を始めている人たち、これから事業を始めようとしている人たちが必ず目を通しておくべきP・F・ドラッカーの名著 Innovation  and  Entrepreneurship(旧訳『イノベーションと企業家精神』1985、タイヤモンド社刊)の後半、起業家精神と企業家戦略の部の新訳である。前半部分のイノベーションの部と併せてお読みいただければ幸いである。(新訳ではentrepreneurship)の訳語を企業家から起業家に変えた)

ドラッカーは、起業家と起業家精神を、誰もが学び身につけることのできる原理と方法として提示した。激動の時代に入ってしまった今日にあっては、企業にせよ社会的機関にせよ、あるいは一国の経済や一人一人の働く人間にせよ、起業家として起業家精神のもとに行動しないことには、明日の展望をもつことはできない。そのような意味において、本書は現代人としての常識となるべき必読の書である。

 1997年1月                       上田 惇生

 

総括

[新訳]イノベーションと起業家精神(上)(下)を読んでいたたければと思います。読んだ後の感想は、個々に違うと思いますが心に残った箇所は是非メモでもしていただければと思います。

私の場合は、自分の会社に活かしたい、自分自身の人間形成に活かしたい等々の思いで読みました。

考え方が偏りがちになるかな、という思いもありますが、「良いところ」は吸収していきたいと思います。

 

株式会社シニア・イノベーション

代表取締役 齊藤弘美

 

この続きは、次回に。

 

 

 

 

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