ドラッカーとの対話 未来を読みきる力 11
比喩の巧みさ
さて、3番目に重要なドラッカーから学ぶ先見力への道は、すでに述べたように
アナロジーのうまさといえよう。
アナロジーとは比喩であり、対比であり、類推であり、たとえである。
このドラッカーのたとえのうまさは、最近の未来組織論の追及の中に
おいても典型的に表れている。
様々な未来組織を考えることを、ドラッカーは真剣に行っているが、
そのひとつとして、これからの将来は高度に練れたスペシャリストと
トップ・マネージャーのふたつ、いわば中間層がなくなったこの2段階に
帰着すると考えている。
そこでの組織のあり方はいったいどうなるのか。
経営者と超スペシャリストである各社員との関係はどうなるのか。
そこで数年前にボストン交響楽団が小沢征爾の指揮のもとにマーラーの「第八交響曲」を
演奏したことをドラッカーは思い出す。
ああそうだ。コンダクターはひとり、そして交響楽団の各メンバーは、
すべて超一流の専門家ばかり。
バイオリンなりクラリネットのスペシャリストに向かって、どこをどう弾けなんてことは
一切細かく言わなくても、ヒントさえ与えれば全部自分で上手に弾くことができる。
では、そのオーケストラを成り立たせている共通の靭帯は何か、と考えると、
それは総譜(スコア)である。
スコアというのはいわば共有された情報である。だから、これからの経営者は、
ある意味では、総譜が書ける作曲家であると同時に、その総譜を見て、いいハーモニーを
導き出せる指導者や解釈者でなければならないと類比的思考をする。
ここから、ドラッカーの未来組織論のたとえとして有名な「オーケストラ型組織」論が
生まれてくる。さて、小組織の場合はどうか。とドラッカーは考える。
するとジャズを思い出す。ジャズは4人か5人の小編成のコンボである。
コンボ型の場合には、そもそも自分自身で楽譜をたくみにプレーする。
基本的な打合せはあるとしても、各人が自由な発想でそれぞれの曲想に基づいて
クリエイティブにバリエーションをつけて楽しく曲を展開していく。
これが、小集団の場合の「コンボ型組織」という考え方につながる。
ドラッカーは、これからの小さな組織は、すべてがタスク・フォースや臨時編成集団となると
考える。つまり執刀医である外科のチーフ・サージャンのもとに麻酔の専門医、
あるいはナースその他スペシャリストたちが集まってひとつの臨時編成グループを形成し、
外科手術が終われば解散するといったような形をとると言うのである。
たとえというのは、既存のものに新しい意味を付与することだとドラッカーは
考えている。
このことから見ても、アナロジーから学ぶ、寓話から学ぶ、たとえから学ぶところに、
未来に対するハッとするような新しい発見と洞察への切り口が生じるのではないだろうか。
データが語りかけるものに耳を澄ます
さて、第4にドラッカーの処方箋から我々が先見性を得るために学べるヒントは、
過去の事例に対する、その集中的・徹底的検証である。
ドラッカーがイノベーションについて7つの条件を整理した例はあまりにも有名である。
すなわち革新と新機軸の打ち出しへの契機となるものは、あとで詳述するが、次のものであるとした。
① 予期せざる成功や失敗
② 人口の動態的な変化
③ 科学技術の応用
④ 市場・業界の変革
⑤ 社会の認識や近くの変容
⑥ 調和せず、馴染まない
⑦ プロセス上のニーズ
ドラッカーの目が未来に向かう場合にも、歴史をも含めて過去を見据え、
今までの実態が語りかけるもの、実例が問いかけるものに虚心坦懐に耳を
傾けていることを忘れてはいけない。
こうしたアプローチは、我々にとってきわめて有効かつ重要である。
未来、未来といって漠然と虚空の中でむやみやたらに手足を振り回すのではなくて、
それにかかわる過去の事例の中にいったん身を置き、しかもそれを無理やりに論理的整合性が
つくようにまとめるのではなく、データが語りかけるもの、様々な事実の
クラスター(群)が呼びかけてくるものに無心に耳を澄ますのである。
すなわち、「人間は未来へは後ろ向きで入らざるを得ない」ことは十分承知しつつも、
少しでも前を投資しようという姿勢を保つのである。
見えにくい未来を観るには
最後に、ドラッカーが未来展望をする際に、必ずといっていいほど出てくる方法は、
人口分析、英語でいうところのデモグラフィック・アプローチである。
ドラッカーは未来に向かって動かし得ざるものとしては、必ず人口分析、
その量的数的な分析を精緻に行う。
これだけの市場だとか、あるいは従業員がと考える際に、人口の動きだけはかなり前から
予測できるからだ。
突然5年先に女性が3分の1になるなどということは、まず考えられない。
すなわち、「未来はすでに現在始まっている」というアプローチを、特にこの人口動態の
分析について口をすっぱくして勧めていることも忘れてはならない。
この続きは、次回に。