ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学 ㉔
✔️ 成功体験と失敗体験には、望ましい順序がある
この研究結果から得られる示唆は何でしょうか。
私なりに解釈すれば、この結果は「成功体験と失敗体験には、望ましい順序がある」という
ことを示していると言えます。
すなわち「失敗をほとんどしないまま、成功だけ積み重ねる」と、サーチ行動が十分で
ないまま成功してしまうので、結果長い目で見て成功確率が下がるのです。
日本でもよく、若くして(失敗経験の乏しいまま)成功した起業家・ベンチャー企業がその後
長期低迷する事例がありますが、それはまさにこのパターンにあてはまります。
逆に、長い目で成功確率を上げられるのは、「最初は失敗経験を積み重ねて、それから
成功体験を重ねていくパターン」ということになります。
✔️ 世界の最大成功者は、失敗王でもあった
私がこのパターンですぐに思いつくのは(「組織」ではなく「個人」ですが)、
2014年に史上最高額でのIPO(新規株式公開)を果たした中国アリババ集団の創業者である
ジャック・マー氏です。
様々な名言のあるマー氏ですが、そのなかにはこういうものがあります。
「アリババを設立するときに『世界中からやりにくいビジネスをなくす』と私は言った。
これは私の信念だ。この信念は間違っていない。ただし、やり方は正しいのか、戦略は
間違っていないかと、常に自分を疑い、自分に問いただしている」。
この言葉に象徴されているように、マー氏は失敗を繰り返した結果として、成功に必要な、
精度の高い「サーチ行動」が身についたのかもしれません。
「若いうちは失敗経験を積め」とはよく言われることですが、どうやらその教訓は、
「真理法則」である可能性が十分にありそうです。
経営学ミニ解説 4 トランザクティブ・メモリー
第8章、第9章で紹介したトランザクティブ・メモリーは、本書の他箇所でも出てきます。
そこで、もう一度この考えをおさらいしましょう。
企業にとって、社員間の情報共有が重要なのは言うまでもありません。
各社員は客先や取引先などから、様々な情報を持ち帰ります。
それらは、当然社内で共有される必要があります。
ここで問題なのが、「情報の共有化=組織の全員が同じことを覚えていること」という先入観が、
多くのビジネスパーソンにあることです。しかし、そもそも一人の情報処理力には限界が
ありますから、それは無理な話といえます。
一方でトランザクティブ・メモリーは、組織の情報共有で重要なのは「組織の全員が
同じことを覚えていること」ではなく「組織の誰が何を知っているかを、組織の全員が
知っていることである」という考えです。
英語で言えば、一人ひとりが覚えるべきは「Who knows whatである」ということになります。
「誰が何を知っているか」を覚える程度なら、それは人の情報処理力でも十分に可能です。
例えば、各社員が「このことは自分では分からないけれど、ある部署の彼なら知っている
のではないか」と思い出せることです。
米ハーバード大学のダニエル・ウェグナーが1987年に提示したこの考えは、その後経営学者や
心理学者により多くの検証がなされ、一般にトランザクティブ・メモリーが高い組織・グループは
パフォーマンスが高くなる傾向が分かっています。
近年の経営学では、フェイス・トゥ・フェイスでの交流を直接持つことが、トランザクティブ・
メモリーを高めやすいという研究結果が上がっていることも、第8章で述べました。
では、日本ではどのような企業が高い水準のトランザクティブ・メモリーを持っている
のでしょうか。これは私がよく聞かれる質問ですが、私は個人的な経験から「日本では、
総合商社に高いトランザクティブ・メモリーを持っているところがある」と考えています。
この続きは、次回に。