ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学 -54
✔️求められているのは、ポーターか、コグートか
ここまでの話を整理しましょう。外部から見ると同じに見えるかもしれない米国のビジネス
スクールの教授は、大まかにいって三つのタイプに分けられるのです。
タイプ1:査読論文を学術誌に掲載することを主戦場とする経営学者(=上位のビジネススクールでは
大半を占める)
タイプ2:教育中心の教授(=ヨッフィーや、バブソン・カレッジの教授などに代表される)
タイプ3:査読論文を学術誌に掲載するのではなく、一般書籍など別のかたちで経営学や実務家に
幅広く影響を及ぼす経営学者(=ポーターや、クリステンセンなど)
そして「タイプ1」の教授に加えて、「タイプ2」の教授の割合も高く、さらには研究大学としては
異例なことに「タイプ3」の教授までもが中心的存在として活躍しているのが、HBSなのです。
その意味で私は、「HBS(だけ)を見て米国のビジネススクールと思うなかれ)と申し上げたのです。
そして、私が本書を執筆しようと思った動機の一つもここにあります。
例えば、本書で紹介したリアル・オプション理論を発展させた第一人者は米コロンビア大学の
ブルース・コグートです。まさに世界中の(タイプ1の)経営学者がリスペクトする大研究者です。
彼が国際学会で発表するといえば、それだけで会場は多くの学者たちで埋め尽くされます。
しかしながら、皆さんの中でコグートの名前をご存じの方ははたして何人いるのでしょうか。
もちろん、たとえば最近では、『リバース・イノベーション』(ダイヤモンド社)を執筆した
米ダートマス大学のヴィジャイ・ゴヴィンダラジャンや、『GIVE&TAKE「与える人」こそ成功
する時代』(三笠書房)の著者、米ペンシルベニア大学のアダム・グラントのように、「タイプ1」の
研究者として査読論文でも素晴らしい実績を出しつつ、一般書籍を書かれている方もいらっしゃい
ます。しかし、やはり日本のビジネスマンの間での知名度は、ポーターやクリステンセンには
かなわないのではないでしょうか。
「タイプ3」の教授たちの素晴らしさは既に世界中で知られています。
しかし、ここまでお話ししたように、実はそう言った方々は(それがいいことか悪いことかは
別にして)、米国の研究大学の中では少数派といえるのです。
他方で私が本書で紹介してきたのは、欧米を中心とする世界の上位のビジネススクールの大半を
占めながら、日本の皆さんにはほとんど知られていない「タイプ1」の教授たちが、知の競争
(=査読論文の競争)の世界で発表してきた研究の数々なのです。
✔️ ビジネススクールのあるべき姿とは
私はどのタイプがいい、あるいは悪いと言っているのではありません。
おそらくこの三タイプのいずれもがビジネススクールの発展に欠かせないのだと思います。
逆に言えば、この三タイプの教授の「バランス」をどう取るかは、ビジネススクールの位置付けや
方向性を大きく左右するといえます。
ビジネススクールの第一の資産は、やはりそこにいる教授だからです。
たとえば、世界のビジネススクールを索引しているのは今でもHBSである、ということに異論を
唱える人は少ないでしょう。
HBSの授業法は他のビジネススクールの多くの教員が参考にしていますし、世界中のビジネス
スクールでHBSが作成した企業分析のケースが授業に使われています。
「ハーバード・ビジネス・レビュー」誌が世界中の多くのビジネスパーソンに愛読されていることは
言うまでもありません。
あくまで私見ですが、HBSがなぜ今も「研究」「教育」「実業界への啓蒙」のいずれにおいても重要な
存在であり続けているかというと、もちろんその伝統やネームバリューもありますが、それに加えて、
「タイプ1」だけではなく、優秀な「タイプ2」や「タイプ3」の教授たちを豊富にそろえている、と
いうことが大きいのかもしれません。しかし、他の米国のビジネススクールがおいそれとその真似を
できるかというと、それはなかなか難しいのかもしれません。
三つのタイプの教授をバランスよく揃えるにはやはり潤沢な資金が必要ですし、組織変革も必要に
なってくるからです。
そもそも、米国の研究大学は大学間で熾烈な「知の競争」をしています。
特にAAUに所属している大学はそのステータスを守らなければならないのですか(ハーバードの
ようにどうやってもAAUから落ちそうにない大学を別とすれば)、やはりビジネススクールとしても
査読論文の業績ができる「タイプ1」の教授を重要するのは自然のなりゆきなのです。
✔️ 日本のビジネススクールも一様である必要はない?
最近は日本でも、社会人教育の一環としてビジネススクールが定着しつつあります。
そしてここでも、その実態は多様です。
たとえば国立大学のビジネススクールはいわゆる「経営学者」を教授陣にしているところが多い
ように見えますし、他方で私立大学のビジネススクールの中には実務家出身の教授を揃えたところも
あります。そしてこう言った多様性を背景として、日本のビジネススクールのあるべき姿も議論され
ているようです。しかし、これまで述べてきたような理由で、「これこそがビジネススクールである」と
して正解を断言するのは、なかなか難しいのです。
ビジネススクールの本場と言われている米国でさえ、その実態は多様なのですから。
もしかしたらみなさんの中には、これから海外や国内のビジネススクールへの進学を検討されている
かもしれません。そうだとしたら、「米国でもビジネススクールの有り様は混沌としている」という
実態を分かっていただいた上で、ご自身に合ったビジネススクールを選んでいただければと思います。
この続きは、次回に。