人を動かす経営 松下幸之助 ⑭
・ 確信あればこそ—一万個の電池がタダに
人に何か物を頼む場合、相手に大きく負担をかけるような内容であれば、これはやはり頼みにくい。
頼んでも力が入らない。入らないから、相手もなかなかウンといってくれない。
しかし、ウンと言ってくれなければ、こちらも困る。困るけれども仕方がない。
いったいどうすればよいのか。
※ 省略致しますので、購読にてお願い致します。
しかし、その宣伝方法はこの際、なんとしてでも実行したい。
そこで、残された道は一つだけである。一万個分の乾電池をO工場に無料で提供してもらう、という
ことである。一万個の乾電池というと、その費用も相当なものである。だから、O工場もそう簡単には
無料で提供してくれないであろう。しかし、この新しいランプの発売を成功させるためには、それが
大きなカギになる。ぜひともウンと言ってもらわなければならない。
私は、早速東京のO工場へ出向いて、経営者のO氏に「乾電池を一万個、タダでください」と申し入れた。
あっけにとられたのはO氏である。キョトンとしている。やっと奥さんが横から口を出した。
「いったいどういうお話でしょうか。よくわかりかねますので、もう一度詳しくおっしゃってください」
私はもう一度話した。「宣伝のために一万個のランプを市場にタダで配るのです。
おたくの電池をタダで私にください。一緒に配るのです。」けれども、まだピンとこない。
言っていることはわかるのであろうが、一万個の乾電池をタダでくれ、ということの意味がよくのみ
込めない。
なぜ私がそういうことを言うのかがわからない。いってみれば、通常の理解の範囲を越えた話を私が
持ち出しているわけである。
「松下さん、一万個もタダでくれというのは、少し乱暴な話ではありませんか」。
O氏は、まだいぶかしげな顔をしたまま口をひらいた。
いかにもフに落ちないような顔つきである。
そこで私は、どう話せばO氏がわかるか、ということを考えた。
ポイントはいろいろあるけれども、やはり大事なことの一つは、これはO氏にとってマイナスになら
ない、ということである。すなわち、このランプが成功すれば、乾電池自体も自ずと多量に売れる
ことになるのである。だからO工場にとっても大きなプラスになる。
しかし、大きなプラスになるけれども、それは先の話である。
今の時点において、それをどう言えばわかってもらえるか、である。私はO氏に話した。
「ただ単に一万個の電池をタダでもらいたいというのではありません。
条件をつけましょう。今は四月ですが、私は年内におたくの電池を二十万個売ります。
二十万個売ったら一万個分をまけてください。
その代わり、二十万個が一個でも欠けたら、一個もまけていただかなくて結構です。
私にはその確信がありますから、そういう約束さえしてくだされば、今もらったものとしてランプと
一緒に一万個を無料で配布します。こういうことでどうでしょうか」
O氏とその奥さんは、やっとそこで笑顔をみせた。ようやく納得のいった顔をした。
「わかりました。なるほど、松下さんはえらい。あなたのような交渉を受けたのは全く初めてです。
よくわかりました。年内に二十万個売ってくだされば、確かに一万個、ノシをつけて差し上げましょう」
※ 省略致しますので、購読にてお願い致します。
そういうことで、松下電器は、一万個の無料見本の配布を開始した。
その結果はどうだったかと言うと、見本をやっと千個ほど配ったころには、次から次へと注文がくる
ようになった。製品の良さが直ちに認識され、市場に受け入れられたのである。
そしてその年の十二月、O工場の乾電池をどのくらい引きとって販売したか調べてみた。
すると、約束の二十万個をはるかにオーバーして、四十七万個ほど販売していた。
この結果にO氏は本当におどろいた。心から感じるものがあったと思われる。というのは、ほとんど
得意先回りをしなかったO氏が、正月にわざわざ大阪まで出向いてきて、感謝状と一万個の代金を
もってあいさつにきたのである。
そして口をきわめてほめてくれた。私はうれしかった。一万個をタダでもらったこと自体よりも
うれしかった。
結論を言えば、どう言えば相手にわかってもらえるか、ということである。
しかし、それは単に口先だけの問題ではない、表現だけの問題ではない。
結局は相手のためにもプラスになるのだという確信の上に立った説得の仕方である。
そういう説得であれば、やはり人の心を動かし、その納得、共鳴を得ることもできやすいのでは
ないだろうか。
この続きは、次回に。