危機の時代 ジム・ロジャーズ ㊶
■ 訳者あとがき
このあとがきを執筆している2020年4月下旬の時点で、世界は新型コロナ
ウイルスの感染拡大に震えている。
欧州や米国に加えて、日本を含む多くの国々で、人々は職場や学校にいく
ことができず、自宅に閉じこもる生活を続けている。
いつどこで感染するか分からないウイルスの恐怖は社会を不安に陥れている。
だが、ジム・ロジャーズ氏の言葉を借りると、今は「終わりの始まり」に
過ぎない。日々、新型コロナウイルス問題が経済と社会に与える負の影響
ばかりがクローズアップされているが、その先にはもっと深刻な経済危機が
迫っているからだ。
新型コロナウイルスの感染拡大が終わり、楽観的な見方が広がって株価が
いったん反転したとしても、世界経済が抱える本質的な問題は解決されない。
2019年からロジャーズ氏は「2008年秋のリーマン・ショックを超える
危機が迫っている」と警告してきた。
低金利を背景に、世界中の国家、民間企業、家計などのあらゆるセクターで
借金が膨れ上がり、リーマン・ショック直前よりも巨額の負債を抱ける
ようになっていた。そうした中、中国、インド、欧州などで、2019年時点で、
経済危機の兆しは見えていたと指摘する。
債務が膨れ上がっていたからこそ、何らかのきっかけで、経済がひとたび
逆回転を始めると、リーマン・ショックをはるかに超える〝負のインパクト〟を
世界経済に与えかねない。
すでに新型コロナウイルス の拡大を受けて、世界各国で失業率が高まり、
企業倒産も増えつつある。国家さえも安泰ではない。
「コロナ・ショック」以前から借金が増える一方だった新興国を中心に
債務不履行(デフォルト)が相次ぐ可能性が懸念されている。
最近は債務返済の猶予も取りざたされているが、問題を少し先送りする
だけで、抜本的な解決策にはなり得ない。
世界各国の政府は、大幅な金融緩和に加えて、ヘリコプターに乗って空から
お金をばらまく「ヘリコプターマネー」のような思い切った支援策を打ち
出しているが、危機を食い止めるのは難しいだろう。
危機を語るうえで、ロジャーズ氏は最適な人物だ。まず投資家として、
1971年のニクソン・ショック、1987年のブラックマンデー、2008年の
リーマン・ショックなどを経験している。
そしてロジャーズ氏は、このような危機の際の投資で利益を上げてきた。
さらに米イエール大学で歴史学を専攻しており、世界の歴史に関する深い
知見がある。
本書でくり返し触れているように、古代ギリシャからローマ帝国、中国の
宋王朝、大航海時代のスペイン、大英帝国、大恐慌時代の米国に至るまで
世界の歴史に詳しい。歴史を俯瞰しつつ、今という時代を切り取る感覚には
脱帽するしかない。さらにロジャーズ氏は「冒険投資家」として世界中を
何度も旅して回るなど、自分自身の目で現地を見ることを大事にしている。
世界で何が起きているかを肌感覚で知っていることが、幅広い洞察につな
がっている。何よりロジャーズ氏の一番の魅力は、社会の常識や多くの
人々の意見とは異なる、独自の世界の見方にある。
「複眼思考」とも言えるもので、米国人でありながらも、欧米の見方に
偏っていない。むしろ中国やロシアが発信する情報も積極的に集めて分析し、
自分の経験と歴史感に基づいて、ものごとを考えている。
ロジャーズ氏の主張は、荒唐無稽に聞こえることもあるが、ほかの人とは
異なる視点があり、知っておく価値がある。
例えば、持論である韓国と北朝鮮が統一される可能性は、多くの日本人にとり
信じられないだろう。それでもロジャーズ氏は世の中は「15年ですべてが
変わる」と本書で繰り返し語っている。
1930年の日本人は、日本が米国に戦争をしかけ、1945年に敗戦することを
予想できなかったはずだ。ベルリンの壁の崩壊、中国の驚くべき経済成長も
事前に予測できた人は少なかった。その意味で、ロジャーズ氏が語るように、
世界に起こりえないことなど決してないのだろう。
世界を瞬く間に変えた新型コロナウイルスもそうだ。感染拡大が始まる前に
比べて、世界は激変している。
疫病のように予測できない危機もあるが、ロジャーズ氏が主張するように、
過去の歴史から学べることは少なくない。
歴史を通じて、危機は繰り返されるものだからだ。
過去の危機で何が起きたのかを知ることができれば、今どのように行動すれば
いいのかが、きっと見えてくるだろう。
その時々で危機の中身は違っても、時代を越えて、人間の行動には共通点が
多い。
「危機の時代」をどう生きるのか。それこそが本書のテーマである。
ロジャーズ氏の言葉は未曾有の危機を乗り越えるために役立つさまざまな
ヒントに満ちている。投資家でも、経営者でも、一般のビジネスパーソンでも、
危機にどう向き合えばいいか今悩んでいることだろう。
世界はどうなるのか、自分たちはどう行動すればいいのか、家族をどう
守ればいいのか———–。
先が見えない時代にあって、本書が読者のみなさんが危機を乗り越える力に
少しでもなることを心から願っている。
※ 省略致します。
2020年4月27日 山崎良兵
この続きは、次回に。