田中角栄「上司の心得」㊿
「下問を恥じず」の精神
こうした田中の官僚使いのための三つの要素を「上司三要諦」とし、
ビジネス社会でのそれに置き換えてみると、以下のようになる。
一つは、上司は部下の異論を説得するだけの能力が不可欠ということに
なる。最近の若い社員には、時に新しい発想を持つ勉強家もいる。
上司が説得力なく、大声でそうした発想、意見を退けるだけでは、その場は
切り抜けられても部下との信頼関係は築けず、潜在的な不満を残すことに
なるのは当然だ。結局、その上司のもと、組織の中で一枚岩で仕事を前に
進めることは難しくなる。ために、上司としての能力の高さが、すべての
前提になる。
二つは、上司の方針は決して自らのためではなく、部下にあくまで会社
全体の方針であることを理解してもらう努力が不可欠である。
三つは、上司は部下が十分に納得するまで、議論から逃げてはいけない
ということである。
議論を詰めれば、無能な上司はボロを出さざるを得ない。
チョロチョロとボロを出すような上司の元では、部下も情熱を持って仕事が
できるわけがないということになる。
もっとも、こうした三要諦に対して上司で自負があり、「部下の言って
いることは、オレも通ってきた道だ。まァ、ある程度、聞く耳を持って
いれば十分だろう。なぜ、いまさら下の者と徹底議論しなきゃいけない
のか」となりかねない。しかし、こうした考え方に対しては、田中はこう
言っている。
「そんな姿勢がダメなのだ。あくまで、全力投球で真っ正面から対峙する
勇気があるかどうかだ」
こうした「角栄流」三要諦の必要性については、かの「論語」もいわく、
「下問を恥じず」としている。
自分より下の者に物を聞き、教えられることを恥じるな、逃げるなという
ことである。時代は、猛烈なスピードで激変している。
上司の経験則だけに頼るメリットは相対的にていかしているのだ、という
ことも忘れてはいけない。
田中が「親分」として仕えた、徹底した〝熟柿手法〟で「沖縄返還」などの
実績を残し、長期政権をまっとうした佐藤栄作元首相は、門下の議員によく
言っていた。
「耳は二つ、口は一つ。まず、相手の言い分を聞いてみることだ。その
ほうが、物事うまくいくことが多い」
相手の言い分の中には、必ずこちらからの攻め口、説得材料が見えてくる
ことを言っているのである。
● 潜在的
中に隠れた状態で存在するさま。 外には現われずに存在するさま。
伏在的。
● 伏在的(ふくざいてき)
表にあらわれないで、内にひそんで存在すること。
かくれひそんでいること。
● 一枚岩
1枚の板のように平らで大きな岩。また、そのように、組織などが
しっかりとまとまっていることのたとえ。「一枚岩の結束を誇る」
● 下問(かもん)を恥じず
身分や年齢の低い者に物事を尋ねることを、恥ずかしいとか体裁が
悪いと思わず、素直に聞くという姿勢が大切だということ。
● 相対的
相対的とは、何らかの比較の上で成り立つ様子や評価のことである。
単独では成立せず、2つ以上の比較対象を必要とする。
そしてその比較対象の関係次第で、お互いの評価や立ち位置が変動する
のが特徴である。似た言葉として比較的が挙げられるが、こちらは相対的
よりも曖昧な意味合いを多く含んでいる。
この続きは、次回に。