ピーター・F・ドラッカー「経営者の条件」㊿+40
第三にヴェイルは、産業界において最も成功した企業研究所の一つ、
ベル研究所を設立した。ここでもヴェイルの問題意識は、私的独占の
存続の必要性からスタートしていた。
彼は「いかに独占に競争力をもたせるか」を問題にした。
明らかにベルには、消費者に対し同種の製品を提供する、あるいは同種の
ニーズを満たすという面での同業他社との競争はない。
そして競争のない独占体は、急速に硬直化し成長と変革の能力を失う。
しかしヴェイルは、独占体においても、「現在」との競争相手として
「未来」を組織することはできるはずであると考えた。
通信事業のような技術志向型産業では、未来は、現在のものとは違う
優れた技術をもちうるか否かにかかっている。
そのような洞察から生まれたベル研究所は、企業研究所としてはアメリカで
最初の存在ではなかった。しかし事業がいかに能率的であって利益を
あげていようとも、そのような状況を自らの手で陳腐化させることを
目的とする世界で最初の企業研究所だった。
第一次世界大戦中にその最終的な姿が固まったベル研究所はまったく
革新的な企業研究所だった。今日にいたるも、研究活動が真に生産的で
あるためには、組織の破壊者、未来の創造者、今日の敵にならなければ
ならないということを理解している企業人があまりに少ない。
その結果ほとんどの企業研究所が主として今日を永続させるための組織
防衛的な研究を行っている。しかしベル研究所では最初から組織防衛的な
研究は締め出していた。
今日ではヴェイルの考えがいかに正しかったかが証明されている。
ベル研究所は、電話技術の普及によって北米大陸全体を一つの巨大な
自動電話交換機にした。ベル研究所はヴェイルとその年代の人たちが
想像もできなかった領域、すなわちテレビ番組やコンピュータのデータ
電送、あるいは通信衛星などの分野にベル本体の活動領域を広げた。
それらの新しい通信体系を可能にした科学技術上の発展は、数理情報の
ような理論、トランジスタのような新製品と新プロセス、あるいはコン
ピュータの論理や設計など、ほとんどみなベル研究所で誕生したものだった。
● 洞察
物事を観察して、その本質や、奥底にあるものを見抜くこと。見通すこと。
「人間の心理を―する」「―力」
● 陳腐
古くさいこと。ありふれていて、つまらないこと。また、そのさま。
陳套 (ちんとう) 。「―な表現」「―なせりふ」
この続きは、次回に。