ピーター・F・ドラッカー「経営者の条件」㊿+63
意図的な意見の不一致というものの必要性を最もよく理解していた大統領は、
おそらくフランクリン・ローズヴェルトだった。
彼は重要な問題が出てくると側近の一人をつかまえて「これを内密に検討
してほしい」と頼んだものである。
実際には、内密の頼みも直ちにワシントン中の人間の耳に入ってしまう
ことになっており、ローズヴェルト自身もそのことは承知していた。
しかも彼は、その側近とは明らかに考えが違う何人かの人間をつかまえ、
同じように「内密」に同じことことを頼んでいた。
その結果、問題のあらゆる側面が検討され提示されることになった。
こうして彼は、特定の者の特定の結論のとりこになることを防いだ。
ローズヴェルトの閣僚のうち唯一人の「専門管理者」だったハロルド・
イックス内務長官は、このローズヴェルトのやり方を好ましからざる
管理の方法として批判した。イックスの日記は、ローズヴェルトのいい
加減さ、軽率さ、裏切り的言動に対する非難に満ちている。
しかしローズヴェルトは大統領の任務は管理ではないとしていた。
それは政策であり、正しい決定を行うことだった。そして正しい政策や
決定は、弁護士が法定において真実を明らかにしあらゆる側面を引き出す
ための方法、すなわち反対尋問によって手にすることのできるものだった。
意見の不一致は、三つの理由から必要である。
第一に、組織の囚人になることを防ぐからである。あらゆる者が、決定を
行う者から何かを得ようとしている。特別のものを欲し、善意のものに
都合のよい決定をしてもらおうとする。決定を行う者が大統領であろうと
設計変更を行う新人の技術者であろうと変わらない。
それら特別の要請や意図から脱するための唯一の方法が、十分検討され
事実によって裏づけられた反対意見である。
● 囚人
① 獄につながれている者。 めしゅうど。 とらわれびと。
② 法令によって刑務所に拘禁されている、既決囚および未決囚。
第二に、選択肢を与えるからである。いかに慎重に考え抜いても、選択肢の
ない決定は向こう見ずなばくちである。決定には常に間違う危険が伴う。
最初から間違っていることもあれば、状況の変化によって間違いになる
こともある。決定のプロセスにおいて、他の選択肢を考えてあれば、次に
頼るべきものとして、十分に考えたもの、検討済みのもの、理解済みの
ものをもつことができる。選択肢がなければ、決定が有効に働かないことが
明らかになったとき途方に暮れるだけである。
前章において、一九一四年の第一次世界大戦勃発時のドイツ軍のシュリー
フェン計画と、大統領就任時のフランクリン・ローズヴェルトの経済計画の
例を紹介した。いずれも、まさに機能すべきときに状況の変化によって
機能できなくなった計画だった。
ドイツ軍は立ち直れなかった。代わるべき戦略をもたなかった。
一つの間違った間に合わせから、次の間に合わせへと変えただけだった。
それは不可避だった。実に二五年間というもの、ドイツ軍の参謀本部は
シュリーフェン計画以外の戦略を考えていなかった。
全精力はこの計画の細部に注がれていた。したがってこの計画が瓦解した
とき、頼るべきものはまったくなかった。周到な訓練を受けていたにも
かかわらず、将軍たちは間に合わせの策を講ずるだけだった。
一つの方向に突進しては別の方向に突進するだけだった。
● 向こう見ず
無謀/無鉄砲/向こう見ず/命知らず の共通する意味
事情をよく考えずに行動してしまうさま。
● シュリーフェン計画
第一次世界大戦前にドイツ帝国陸軍が立てた戦略。 東部戦線より先に
西部戦線で勝利することをめざした。
ドイツ帝国陸軍の参謀総長シュリーフェンが、1905年に建てた、
ドイツの基本的戦争戦略。 1914年8月にこの計画にもとづいて
ドイツ帝国は参戦に踏切り、ロシア・フランスに宣戦して第一次世界
大戦が開始された。
● 不可避
避けようがないこと。また、そのさま。「国交断絶は―だ」
● 瓦解
一部の瓦 (かわら) のくずれ落ちることが屋根全体に及ぶように、ある一部の
乱れ・破れ目が広がって組織全体がこわれること。
「汚職から政権が―する」
この続きは、次回に。