ピーター・F・ドラッカー「経営者の条件」㊿+64
同じ一九一四年に起こったもう一つの事件も、代替案のないことの危険を
教えてくれる。ロシア皇帝は総動員令を発してから考えを変えた。
参謀総長を呼んで動員を中止させようとした。しかし「陛下、無理です。
総動員令を出しますと取り消す方法はありません」が答えだった。
ロシアがその動き出した軍事機構を止められたならば、第一次世界大戦も
避けられたはずだったとはいえない。しかし少なくても、世界を正気に
戻す最後のチャンスはあったであろう。
これらの例とは対照的に、フランクリン・ローズヴェルトは、きわめて
オーソドックスな経済政策を掲げて選挙を戦っていたが、同時に、のちに
ブレイントラストとして知られるようになったチームを編成し、経済的、
社会的な改革を目指す急進的な政策を立案させていた。
こうして彼は、金融システムの崩壊によって、オーソドックスな経済政策が
政治的な自殺行為を意味することが明らかになったとき、代わるべき代替案を
用意していた。もし、その代替案を準備していなかったならば、ドイツの
参謀本部やロシアの皇帝と同じように途方に暮れたに違いなかった。
しかしこのローズヴェルトの政権も、国際経済については一九世紀風の
古典的な経済理論しかもっていなかった。国際経済については代替案を
もたず、間に合わせの政策しかとれなかった。
急にやって来た霧の中では手探りをするばかりだった。
ロンドン経済会議をひっくり返し、問題の解決とは関係のないドル切り
下げや銀本位制復活に走るなど、インチキ薬のセールスマンの域を脱し
得なかった。
さらに似た例として、一九三六年の大統領選勝利を受け最高裁を自派で
固めようとしたときも、完全に支配していたはずの議会から反発されて、
代わるべき案をもたなかった。その結果は最高裁の人事に失敗しただけ
ではなかった。世論と議会の支持にもかかわらず国内政治を動かすことが
できなくなった。
● オーソドックス(orthodox)
正統的であるさま。「―な考え方」
● ブレーン-トラスト(Brain trust)
米国のルーズベルト大統領がニューディール政策を行った際、その政策の
立案・遂行にあたった顧問団の通称。転じて、政府や企業体の諮問機関や、
政治家などの相談役をつとめる専門家などのグループ。知能顧問。
● 急進的
目的、理想などを急激に実現しようとする傾向にあること。 また、
他よりも一段と新しい行き方をしていること。 ラジカル。 ⇔漸進的。
この続きは、次回に。