P・F・ドラッカー「創造する経営者」㊸
□ 増分分析を行う
製品にはライフスタイルがあり、そのゆえに増分分析なる分析が可能と
なる。製品の寿命は千差万別であっていかなる一般化も不可能である。
一方において、寿命が数か月、あるいは一年という製品がある。
他方において、アスピリンのように、急激な変化とイノベーションに
さらされている産業にあって、ほとんど変化がなく、陳腐化もせず、
飽きられもしない製品である。
しかし永久に続く製品はない。ライフスタイルの型はすべての製品が
同じである。幼児期では、大量の資源を必要としつつ見返りはまったく
ない。もちろんこれは製品化以前の段階である。開発の段階である。
そして青年期では投入した資金、技術開発、資源は、数倍の見返りを
受ける。成熟期では今日の主力製品となる。
しかし資源の追加投入に対する見返りは急速に減少を始める。やがて、
成長のためのコストが、得られる利益の増分と同額となり、あるいは
超過するようになって、昨日の主力製品となる。
特に、マネジメントの独善的製品の場合は、幼児期から、コストが見返り
よりも多いという老年期へと直行する。
技術者にはよく知られた簡単な数字の定理がある。ある時点に達すると、
投入に対する産出の増分は、急激に減り始める。そこに達するまでは、
投入の単位増分に対する産出の増分は、一○、九、八、七というように
等差級数的に減少する。しかしそこから先は、産出の増分は、二分の一、
四分の一、八分の一というように等比級数的に減少する。
投入の増分一単位からは、直前の増分による産出増の半分以下の産出増
しか得られなくなる。そこまで達すると投入の増分は生産的ではなくなる。
見返りは急速に減少する。したがって、そこまで達したら投入を増やし
てはならない。
しかし本当は、投入の増分から得る産出の増分が減少を始めた時点に
おいて、直ちに投入の増加をやめるべきである。製品のライフサイクル
では、その時点が今日の主力製品になったところである。
そこが最適点である。それは、燃料一単位から最大の性能、資源一単位
から最大の成果を得るという、自動車の最適スピードや航空機の最適
スピードに相当する。
成果の増分に要する追加コストという考えは、個々の製品やサービス、
市場や顧客についていえるだけではない。増分に要するコストの急増は、
企業全体にとっても最初の最も重大な危険信号である。
例えば、アメリカの雑誌が苦難に直面するという兆候は、すでに一九五○年
初頭、新規予約購読者を一人獲得するためのコストの急増によって示さ
れていた。発行部数を増やすためには、突然、予約講読料よりも多額
コストをかけなければならなくなった。一方で当時、それらの雑誌は
増益を続け事業として順調と見られていた。
しかしそのときすでに、その数年後にはそれらの雑誌の多くが苦境に立つ
ことは予見できたはずだった。そして事実、部数増のためのコストの上昇を
逆転できないために、大雑誌は急速に苦境に陥っていった。
増分分析は、特に広告費、営業費、販促費の分析に適している。
広告費一○○万ドルの追加がどれだけの売上げを増やすか。
もちろん広告費以上の利益をもたらさない広告は不経済である。
利益増と同じでは不十分である。利益はより増加しなければならない。
しかし、実はこのことは、広告の世界ではよく知られている言葉、「広告には、
素晴らしい広告か、駄目な広告しかない」の言い換えにすぎない。
今日アメリカでは、最も人気のある広告媒体、すなわちテレビのコマー
シャルについて深刻な疑問が生じている。一○年来、テレビはスポンサーに
多くの金を使わせただけだった。数字が示すかぎり、テレビのコマーシャルに
よって追加的な成果は得られていない。
産出増のためのコスト増という考え方についてこれ以上述べることは本章の
範囲を超える。しかし、これは広い範囲のマネジメント上の課題に応用
できるものである。この考え方は、今日われわれが手にする最も重要な
分析手法の一つである。
今日ようやく会計学がこのことを認識するようになり、増分分析に必要な
数字を提示できるように再構築されつつあるところである。
われわれは、そこからマネジメントの能力の大幅な向上を期待できる。
増分分析によって、企業についての暫定的な診断は、昨日の評価から、
明日の予測と予防のための手段へと変わる。
この続きは、次回に。