お問い合せ

P・F・ドラッカー「創造する経営者」㊿-39

(2) 機会の最大化—最初のイノベーター

 

第二のアプローチは、最大の経済的効果をもたらす機会は何かを考える

ことから始める。

機会の最大化のアプローチの最もよい例は、電機産業をつくり出し、

今日の電気社会を生み出した二人の人間、ドイツのヴェルナー・フォン・

ジーメンス(一八一六〜九二年)と、アメリカのトーマス・A・エジソン

(一八四七〜一九三一年)に見ることができる。

彼らが人間社会に対して与えた影響は、フォードやスローンよりもさらに

大きかった。ジーメンスは実用の発電機を発明した。

電機産業を発明したと言ってもよかった。エジソンは電球を発明した。

電力産業と電灯産業を発明したと言ってよかった。

二人は誰よりも多くの技術開発を行った。同じ発明に取り組んでいたものは

ほかにもいたが、新しい大きな産業を構想し、築き上げたのは彼らだった。

彼らは、自分が何をしているかを承知していた。電気の分野での科学上の

発見、特にあの偉大なファラデーの発見によって開かれた新しい道に夢中に

なったのは、彼らだけではなかった。しかし彼ら二人だけが、この新しい

知識がいかに大きな機会をもたらすか、そしてその経済的機会を実現する

にはいかなる発明や開発が必要かを自問した。

ジーメンスは、発電機を発明した結果として電車を開発したわけではない。

彼は、市内交通としての電車という産業を構想し、そのための動力源と

して発電機を開発した。同じようにエジソンも、実用電球を発明した結果、

発電所や変電所や配電システムを完成したのではない。

総合的な電力供給という産業を構想し、そこに欠落していた電球を開発

した。

換言するならば、二人はイノベーターだった。新しい知識や能力にとっての

機会、すなわちイノベーションの機会を体系的に明らかにした。

そして、その新しい知識や能力や技術を手に入れるために働いた。

彼らは最初の真のシステム・デザイナーだった。

彼らは、長期にわたって生産的な活動を続けたが、三○歳の頃には大きな

成功を収めていた。単なる新しい機械や設計ではなく、新しい産業を生み

出していた。彼らは、電気からいかに機会が生じるかを問うことによって、

経済的な機会を最大にした。ただし、日本の近代工業国としての発展からも

明らかなように、機会を最大のものにするためには必ずしも技術上の

イノベーションを必要とはしない。

 

● 機会

 

事をするのに最も都合のよい時機。ちょうどよい折。チャンス。

「抜け出す―をうかがう」「絶好の―を逃す」

 

● イノベーター

 

イノベータとは、新製品やアイデアを、周囲の人に影響されず、自ら

進んで採用する消費者や企業のこと。新製品の売り上げは一般に時間の

推移につれて変化するが、それぞれのステージ(導入期、成長期、成熟期、

衰退期)によって顧客のタイプが変容する。

 

● 換言

 

別の言葉で言い表すこと。言いかえること。「以上のことを―すれば」

 

 

この続きは、次回に。

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