P・F・ドラッカー「創造する経営者」㊿-54
(3) 市場の経済性
そして第三に、市場の経済性に反する制約やその結果としての弱みがある。
すでに、そのような制約の一つについては述べた(第6章参照)。
すなわち、供給者の利益だけでなく、顧客自身の利益にさえ反するかに
見える顧客の不合理な行動である。
しかし、これに劣らず重大な産業の弱みとして、顧客の利益を供給者の
事業や利益に結びつけることを妨げる技術的ないしは経済的なシステムが
ある。
その一例が住宅建築である。アメリカでは、新築の低価格住宅と中価格
住宅との価格差は二五%にすぎない。しかしその質の差はきわめて大きい。
低価格住宅は急速に劣化する。数年後、すなわち支払が終わるはるか前に、
せっかく買った住宅も急速に価値を失う。
その結果、劣化する地域で劣化する住宅に一生住むことになる。
スラムは、そこに住む者によってつくられるのではない。
急速に劣化する住宅を建築することによってつくられている。
もちろん問題は、初めて住宅を購入する若者には、低価格住宅しか買え
ないことになる。そして今日、そのような住宅とは急速に劣化する住宅の
ことである。
問題は伝統的な住宅建築の方法にある。ここにおいて必要とされている
ものは、増築可能住宅である。若夫婦には、良質の住宅の中核部分だけを
低価格で買えるようにしなければならない。
所得の増加につれて、あるいは、その中核部分についての支払いが進む
につれて増築していくことができるようにしなければならない。
このようにして、住宅を改良し住宅の価値を上げていくことができる。
所得の増加につれて引っ越す必要もなくなり、低所得者だけが取り残さ
れてスラムになるということもなくなる。
こうして、かなり裕福な年輩の人の住むかなり大きな住宅と、さほど収入の
ない若い人の住む小さな住宅が混在するという、望ましい地域がつくら
れることになる。しかも、それらのすべての住宅が良質であって、ふだんに
改良していくことのできるものとなる。
この実現は明らかに容易ではない。不可能に近いかもしれない。
しかし、建築業は、そのような何らかの解決を図るための努力を行った
ほうがよい。もし、住宅建築がさらに高額となり、しかも劣化しやすい
ものとなっていくならば、やがて苦しむことになるのは建築業である。
これら市場の経済性に反する弱みは、製品を生産している企業や産業に
限らない。サービス産業にも見られる。
この続きは、次回に。