P・F・ドラッカー「創造する経営者」㊿-78
○ 模倣による実現
企業家的なビジョンが、ほかの国やほかの産業でうまくいっているものを
真似するだけのこともある。
スロバキア出身のトーマス・バタは、第一次世界大戦後アメリカから
ヨーロッパに戻ったとき、スロバキアやバルカン諸国でも、アメリカと
同じように普通の人が靴を履けるようになるはずだと考えた。
バタは、「農民が裸足なのは、貧しいからではなく、単に靴がないから
だ」といった。
靴を履いた農民というビジョンを実現するうえで必要なものは、アメリカと
同じように、規格化された安くて長持ちする靴を供給することだけだった。
わずか数年で、彼はヨーロッパ一の製靴業を築き、ヨーロッパ一の業績を
誇る企業をつくりあげた。
未来において何かを起こすには、特に創造性は必要ない。
必要なものは天才の業ではなく仕事である。ある程度は誰にでもできる
ことである。想像力に富むビジョンのほうが成功の確率が高いわけでは
ない。平凡なビジョンがしばしば成功する。アメリカを手本に靴づくりを
行うというバタの構想は、フォードとその流れ作業に強い関心を寄せて
いた一九二○年当時のヨーロッパでは、何ら目新しいものではなかった。
意味があったのは、才能ではなく勇気だった。
未来において何かを起こすには、進んで新しいことを行わなければなら
ない。「今日とはまったく違う何が起こることを望むか」を問わなければ
ならない。「これこそ事業の未来として起こるべきことだ。
それを起こすために働こう」といわなければならない。
イノベーションの議論において意味なく強調されている創造性なるものは
問題の鍵ではない。すでにアイデアは、企業だけでなくあらゆる組織体に
利用しうる以上に存在している。欠落しているのは、製品を超えて構想
することである。製品やプロセスは、ビジョンを実現するための道具に
すぎない。しかも、具体的な製品やプロセスは想像されることさえない
のが普通である。
デュポンがやがてナイロンを生むことになる高分子科学の研究を始めた
とき、最終製品が人造の繊維になるとは考えていなかった。
研究は、有機物の分子構造の操作が何らかの成果をもたらすであろうとの
考えのもとに進められた。その成果が、やがて人造の繊維として実った。
IBMの経験が示すように、ビジョンを成功に導く製品とプロセスは、
現在の事業と関係のない研究から出てくることが多い。
しかも、大きなビジョンをもち、そこからもたらされる事業と貢献に
ついて具体的に考えることは至難である。そのようなビジョンに人材を
委ねるには、勇気を必要とする。だが未来において何かを起こすために
投入する人材は少しでよい。ただし最高のものでなければならない。
そうでなければ何も起こらない。
この続きは、次回に。