続「道をひらく」松下幸之助 ㊿+5
● 静夜
夜は静かであってほしい。とくに秋の夜は静かであってほしい。町中
では、求めてもなかなか求め得られないきょうこのごろの静けさでは
あるけれど、やっぱり夜は静かであってほしい。それは安らかに眠る
ためだけではない。静かにものを考えるためにでもある。考えるとい
うよりは、思いをひそめ、そのなかから一瞬のひらめきを得るためと
言えようか。
シンとした天地のしじまのなかにあって、月を眺めるもよし、星を仰ぐ
もよし。またしばし語るをやめて、黙然としたひとときを持つもよし。
天地とわれとのしみ通るような交流である。
この夏はあまりにもさわがしかった。活気がありすぎた。それはそれで
よかったけれど、やっぱり人間には静かな夜が必要なのである。
そして、天地との静かな交流のなかにあって、人ははじめて人らしく
なる。
年とともにかぼそくなったけれど、ことしもまた虫は鳴いている。
むかしのようにすき通るほどではなくなったけれど、ことしもまた月は
中天にある。
静夜を求めたい。静夜のひとときを求めたい。
● 様相不変
幼き日の友に、二十年ぶり三十年ぶりに出会ったら、その姿かたちの
すっかり変わったのに、一瞬とまどいをおぼえることがしばしばある。
それでもやっぱりどこかに、幼き日の面影が変わらず残っていて、その
面影にたちまち心がなごみ、二十年の歳月がつい昨日のようで、うれ
しくたのしく手を握り合い語り合う。
変わっていくのは自然の理である。様相一変もまたよしである。
けれど、そのなかにも変わって変わらないものがあってこそ、人と人と
のつながりにも心が通い合う。
めまぐるしく変わりゆくきょうこのごろ。何もかもがたちまちにして
様相一変。自然のたたずまいも風俗習慣も、食べるもの着るものも、
ものの見方考え方も何もかもが変わっていく。変わるものは変わった
らいいし、また変えた方がいいのかもしれないけれど、様相一変のな
かにも、やはり様相一変のものを大事に見つめ、大事に守り育てたい
気がする。
自然と人間、人間と人間、このかけがえのないつながりを、いつまでも
ゆたかに保つために。
■ 様相
ありさま。すがた。「ただならぬ―を呈する」
■ 一変
すっかり変わること。また、変えること。「態度が―する」
この続きは、次回に。