続「道をひらく」松下幸之助 ㊿+12
● 寄りそう
秋の夜空は美しい。〝ウサギのもちつき〟が〝静かの海〟や〝クレー
ター〟に変わったけれども、それでもシンシンと輝く月の光の神秘さは、
ひそやかな虫の声とともに、今もなお人の心の奥深くまでしみこむよう
である。
その月に、もちろんウサギはいなかった。そして、人間らしきものの
片りんすら見出せなかった。月だけではない。火星にも金星にも、その
気配は全くなさそうである。見わたす限りの星空。行けども行けども
つきせぬ星空。そのいずれにも人間がいない。人間の生命がない。
人類という貴重な存在はこの小さな地球上だけにしかいないのである。
暗黒の宇宙に、緑色にポッチリと浮かぶこの地球上にだけなのである。
荒野にさまよう人びとは、自然に寄りそう。お互いに同じ人間である
ことをたしかめあえた喜びで、荒れすさぶなかに手をとり寄りそって
いく。
無限の宇宙のなかの三十億の人類。この大事な生命。お互いに秋の夜空
を仰ぎ見て、もっと寄りそいたい。お互いに同じ人類であることをたし
かめつつ、静かに手をとり寄りそいたい。
● みんないっしょ
眼と鼻と口と耳と、顔の造作は誰でもみないっしょで、その並び方も
大体みないっしょ。
目の下に鼻があって、鼻の下に口があって、みんなそれで顔のまとま
りができている。眼の上の鼻があればこれはお化け。そんな人はこの
世にいない。
そのくせ、世界の三十億の人が居れば、三十億人ともみな顔がちがう。
造作も配列も大体同じなのに、ほんのわずかの微妙な変化が、これだけ
の大へんな数のちがいを生み出しているのである。
顔だけではない。同じ人間である限り、自分も他人も顔の造作が大体
同じであるように、心の働きも、人によって、もともとそんなに大きな
ひらきのあるものではない。
みんないっしょ。そのくせ、ほんのわずかの心がけのちがい、考え方の
ちがいで、人を幸せにもし、不幸にもする。その差はまた天地ほども
あると言えよう。
みんないっしょであって、しかもみんなちがう。これが自然の理であり、
また人の世というものであろうか。
この続きは、次回に。