Think clearly シンク・クリアリー ②
2. なんでも柔軟に修正しよう—-完璧な条件設定が存在しないわけ
□ 飛行機が「予定ルート」を飛んでいる割合とは?
「飛行中、期待が予定されたルート上を飛んでいる」のは、飛行時間全体のどのくらい
の割合だと思うだろうか?
正解は、なんと、「ゼロパーセント」だ。
私たちの理想はもちろん、飛行機や車と違って予測や計画どおりに進むスムーズな人生だ。
そのために私たちは、せめて最適な前提条件をそろえておこうと「最初の設定づくり」
に精を出す。職業教育も、キャリアも、恋人や家族との生活も、すべてにおいて最初に
完璧な条件を整えたがる。なんとかして計画どおりに目的地にたどり着けるように。
だが、あなたも知ってのとおり、物事がうまく運ぶことなどほとんどない。人生は常に
乱気流の中にあって、私たちはありとあらゆる種類の横風や、予想外の急激な天候の変
化と闘わねばならないのだ。
それなのに私たちは浅はかにも、晴天の空を飛びつづけるパイロットのようにふるまっ
ている。最初の条件設定ばかりを重視し、修正の意義を軽んじ過ぎている。
□ 重要なのは「スタート」ではなく、「修正技術」のほう
私は、趣味で飛行機を操縦するうちに学んだことがある。重要なのは、「スタート」で
はなく、「離陸直後からの修正」技術だということだ。
自然は、そのことを一○億年前も前から知っている。細胞分裂のときには、遺伝物質の
複製エラーがたびたび起こる。そのため、どの細胞にも、こうした複製エラーをのちの
ちに修復するための分子が内包されている。
このいわゆるDNA修復の機能がなければ、私たちは癌が出来てからほんの数時間で死ん
でしまうだろう。
「修正」は、私たちの免疫システムにおいても重要な意味を持っている。
免疫システムに、マスタープランはない。排除すべき外敵を前もって予測しておく事は
不可能だからだ。悪性のウイルスやバクテリアは何度も突然変異をくり返すので、常に
排除方法を修正していかなければ体を防御できない。
誰かと五分間でもパートナーになってみた経験のある人なら、わかるだろう。常に微調
整や修正をくり返さなければ、パートナー関係はうまくいくものではない。どんな関係
にも、メンテナンスは必要なのだ。
経験から言えば、よい人生とは「一定の決まった状態を指す」と思っている人が多い。
それが間違いなのだ。よい人生とは、「修正をくり返した後に、初めて手に入れられる
もの」なのだから。
□ ものごとがすべて「計画通り」に運ぶことなどない
私たちはなぜ、何かを修正をしたり見直したりすることに、こんなにも「抵抗」がある
のだろう?
それは、どんな些細な修正も「計画が間違っていたことの証拠」のように思えるからだ。
計画は失敗だったと落ち込み、自分は無能な人間だと感じてしまう。
実際には、ものごとがすべて計画通りに運ぶことなど、まずない。例外的に修正なしで
計画が実現できたとしても、それはまったくの偶然にすぎない。
米軍の司令官で、のちに大統領にもなったドワイト・アイゼンハワーはこんなことを
言っている。「計画そのものに価値はない。計画しつづけることに意味があるのだ」。
大事なのは「完璧な計画を立てること」ではなく、「状況に合わせて何度でも計画に
変更を加えること」。
変更作業に終わりはない。どんな計画も、遅くとも自国の軍隊が敵とぶつかる頃には
通用しなくなってしまうと、アイゼンハワーにはわかっていたのだ。
憲法を例にしよう。憲法は、その国の法律すべての基本となる法である。本来なら、
その役割にふさわしく時代を超越したものであるべきなのだが、実際には改正され
ない憲法というのは存在しない。
そもそも「修正する力」は、民主主義の基盤をなすものだからだ。
民主主義とは、最初から適切な夫や妻を選び出すためのシステムではなく(もちろん
〝理想的な条件設定〟のために、である)、そのつど修正をほどこしながら、流血の
惨事を引き起こさずに、不適切な夫や妻を排除するためのシステムだ。さまざまな
社会体制が存在するが、修正メカニズムが組み込まれているのは民主主義だけだ。
しかし残念ながら、そのほかの領域では、積極的に修正をほどこす態勢が整えられて
いるとは言いがたい。特に学校制度の大半は、条件設定のために存在しているような
ものだ。
勉強し、学位を取得している内に、人生で重要なのはできるだけ高い学歴を手に入れ、
できるだけよい条件で社会人生活をスタートさせることだと思い込まされてしまう。
実際には、学位と職業的な成功の関連性はどんどん弱くなる一方なのだが。
反対に、ものごとを修正できる力の需要は高まっているのに、修正する力を学校で身に
付けられる機会はほとんどない。
□ 早いうちに軌道修正した人こそ、うまくいく
人格を形成するうえでも、「修正力」は欠かせない。
「修正」に抱いている悪いイメージを、私たちは断ち切らなければならない。
早いうちに軌道修正した人は、長い時間をかけて完璧な条件設定をつくりあげ、計画が
うまくいくのをいたずらに待ちつづける人より得るものが大きい。
理想的な職業教育など存在しない。人生の目的地も、ひとつだけとは限らない。完璧な
企業戦術も、最適な株式ポートフォリオもなければ、唯一無二の適職というのもありえ
ない。すべて空想の産物だ。
何ごともなくある条件のもとでスタートさせ、それが進んでいく過程で持続的に調整を
ほどこすのが、正しいやり方である。
世界が複雑であればあるほど、出発点の重要性は低くなる。だから仕事でもプライベー
トでも、条件設定を完璧にしようと力を注ぎ込み過ぎないほうがいい。
それより、ダメだとわかったことはそのつど変えていけるような、修正の技術を身に
つけたほうが得策だ。後ろめたさを感じずに迅速にものごとを修正できるように(そう、
ワードのバージョン1・0がすでにずい分前に販売を終了し、私が今この文章をバー
ジョン14・7・10を使って書いているのも、けっして偶然ではないのだ)。
この続きは、次回に。
2024年9月14日
株式会社シニアイノベーション
代表取締役 齊藤 弘美