Think clearly シンク・クリアリー ④
4. 支払いを先にしよう—わざと「心の錯覚」を起こす
□ そのイライラは、自分でコントロールできる
私は、自分の銀行口座の一つを「寄付用口座」として、正当な理由のある出費のために、
いつも一定の金額をプールしている。交通違反の罰金ももちろん、この口座の支払対象だ。
この「寄付用口座」をもうけてから、私は驚くほどイライラしなくなった。
□ 心の錯覚のトリック「メンタルアカウンティング」
自分のふところからお金を支払わなければならないときに、どれほど抵抗感を抱くかは、
その「お金の出どころ」によって違う。
それは、心の錯覚を利用した一種のトリックといえ、心理学では「メンタルアカウン
ティング(心の会計)」と呼ばれている。
これはどういうことかというと、たとえば同じお金でも、「道ばたで拾った一○○ユー
ロ札(一万円札)」なら、「働いて稼いだお金」より、気楽に無造作に使うことができる。
私が交通違反の罰金を「寄付用口座」から支払うのも、こうした錯覚の上手な利用法で
ある。心が穏やかでいられるように、わざと自分を錯覚させるのだ。
ものの見方を変えても、あなたのお金が盗まれたという事実が変わるわけではない。
だが、起きてしまったことをどう意味づけ、どう解釈するかは、あなた自身でコント
ロールすることができる。そう、よい人生を送れるかどうかは、「事実を前向きに解釈
できるかどうか」で決まることが多いのである。
□ 料金を「前払い」したほうがいい理由
ホテルに泊まるときには料金を前払いするようにしてみよう。そうすれば、パリでの
ロマンチックな週末の最後を、ホテルからの請求書で台無しにされずにすむはずだ。
アメリカの心理学者でノーベル経済学賞を受賞したダイエル・カーネマンが「ピーク・
エンドの法則」と読んでいる法則がある。私たちが旅行に出かけた時の記憶に残るのは、
その旅の「ピーク」と「終わり」だけで、残りは忘れ去られてしまう、という法則だ。
心理学には、支払いを先にすませてあとから消費を行う「プレコミットメント」という
手法がある。支出の痛手を少しでも減らすための、メンタルアカウンティングの一種で
ある。
□ 「お金」よりも「ストレス」を節約する
税金を払うときには、同じような「心の錯覚」が利用できる。どんなにがんばったとこ
ろで、私が税制を変えられるわけではない。
そこで私は、こう考える。私の住む、わが街スイスのベルンの美しい街づくりの成果を、
頭の中で、他の場所と比較する。(中略) 所得税のことは考えずに、とにかく場所そのも
のや景観を比べてみる。
「お金で人は幸せになれない」という決まり文句があるが、私はその言葉どおり、あな
たには数ユーロ高いか安いかで深刻に悩みすぎないよう、おすすめしたい。
ビールが普通より二ユーロ高かったり安かったりしても、私はもはや気にならない。
お金より、ストレスのほうを節約することにしたからだ。
お金をお金としてでなく、ホワイトノイズとでも見なせるぐらい無頓着でいられる。
ささやかな額を許容基準として設定しておくのだ。そうすれば多少の価格の差ぐらいで
悩まされることはないし、もちろん、平常心を失うこともない。
□ 空極のメンタルアカウンティングは修道院で学んだ
特に印象深かったのは、「食事中の静けさ」だった。ここでは、食事しながらの会話は、
硬く禁じられていたのだ。
結局、救いは見つからなかったが、このときの修道院生活で「メンタルアカウンティン
グのトリック」をひとつ身につけることができた。「金銭」に関してではなく、「時間」
に関するストレスをコントロールするための、メンタルアカウンティングだ。
修道院の食堂では、カトラリーは二○センチほどの長さの小さな黒い棺(箱)に入れられ
ている。食事を始めるときには、ひとりひとりが自分の棺のふたを開け、整然と並べら
れたフォークとスプーンとナイフを取り出す。
ここには「人間は本来死んでいるも同然の存在だ。人間は神によって生かされているの
であり、あなたがいま生きている時間は神からの贈り物」というメッセージがこめられ
ている。
大きな事故に遭ったり大病を患ったりした人が、「一度死んだようなもの」「残りも
人生の時間はいただきもの」というような言葉を発することがあるが、その心境に近い。
ただ生きているだけで尊いと感じ、すべての出来事が愛しく思えてくるのだ。
これぞ究極のメンタルアカウンティングといえるだろう。
□ 起きた出来事の「解釈」は変えることができる
こうして私は、自分の時間を大事にすることを学んだ。「ストレス」で自分の時間を
無駄にしないことも。(中略) イライラしたら、次のことを考えてほしい。
ストレスは、だんだんとあなたの心と体をむしばんでいく。余計なストレスを抱えな
ければ、あなたの人生は一年は長くなる。いらだちを避けるだけで、一生のうちで待つ
ために費やす時間の合計よりも、もっと長い時間が手に入るのだ。
結論。失った時間とお金は取り戻せないが、起きた出来事の解釈の仕方を変えることは
できる。
人生のあらゆる状況に対応できる「メンタルアカウンティング」のトリックを集めた箱を
つくって、使ってほしい。ふだん「心の錯覚」をうまく避けられている人ほど、ときに
はわざと錯覚を起こして、自分の心を落ち着かせのが楽しくて仕方ないはずだ。
この続きは、次回に。
2024年9月20日
株式会社シニアイノベーション
代表取締役 齊藤 弘美