書籍「Effectuation エフェクチュエーション」 ⑳
第5章 クレイジーキルトの原則
✔︎ アイデアを事業機会へ変換する「行動」の重要性
これまで確認してきたエフェクチュエーションのプロセスを、ここで一旦振り返って
みましょう。まず、出発点となるのは、目的や機会ではなく、あなた自身がすでに
持っている手持ちの手段(資源)、つまり、「私は誰か(Who I am)」、「何を知っている
か(What I know)」、「誰を知っているか(Whom I know)」でした。そして、それらに
少しひねりを加えることで「何ができるか」を発想し、具体的な行動のアイデアを生み
出します。ただし、このアイデア発想の時点では、それが優れたアイデアなのか、有望
なアイデアなのかを判断することが重要になります。
アイデア時点でその価値を評価することが重要でないのは、アイデアが本当に有望な
事業機会となりうるかどうかは、そこに何らかのコミットメントを提供してくれるパー
トナーが獲得できて初めて、明らかになることだからです。たとえば、あなたが提供し
ようとする製品のアイデアに賛同して、実際にその製品を購入するという形でコミット
メントを提供する誰かが現れるならば、それは「顧客」というパートナーが獲得された
といえるでしょう。逆に、アイデアとしてはいくら魅力的でも、最終的に顧客獲得がで
きなければ、それは事業機会になりえません。ときには、製品を購入してくれるはずだ
と期待した相手にアプローチをした結果、断られることもあるでしょう。
その場合でも、もしその人が、他の顧客になってくれそうな誰かを紹介してくれるなど、
別のコミットメントを提供可能ならば、営業の重要情報を提供してくれる、やはりパー
トナーが獲得されたと解釈されます。
このように「パートナー」という表現には多様な関係性が含まれており、「コミットメ
ント」にもさまざまな種類の主体的協力が想定されます。しかし、どのようなコミット
メントであれ、それを提供してくれるパートナーと呼びうる人々との関係が構築できる
ことで、アイデアはその実効性を高め、有望な事業機会へと近づけていきます。したが
って、アイデアの時点で良し悪しを評価すること以上に重要なのは、そのアイデアに
進んで参画してくれる顧客をはじめとするさまざまなパートナーを獲得する行動である
といえるでしょう。
✔︎ 熟達した起業家が重視するパートナーシップ
こうした前提があるからこそ、エフェクチュエーションを活用する熟達した起業家の
意思決定には、コミットメントを提供できるあらゆるステークホルダーと交渉して、
パートナーシップを模索する傾向が見られました。
コーゼーションの場合は、まず行動に先立って、誰が顧客で、誰が競合なのかを定義
したうえでさまざまなリサーチを行い、顧客とは関係を構築し、競合には対抗する
ための、最適な戦略が立てられます。これとは対照的に、熟達した起業家の意思決定
には、マーケティングリサーチや競合分析を積極的に行わないという明らかな特徴が
見られました。彼らは、いまだ市場が存在しない新規の事業であるならば、誰が顧客で、
誰が競合になるのか、事後的にしかわかりようがないと考え、むしろ交渉可能な人たち
とは積極的なパートナーシップを求めようとしていたのです。こうしたエフェチュエー
ションを構成する思考様式は、「クレイジーキルト(crazy quilt)の原則」と呼ばれます。
近年では、スタートアップだけではなく、大企業においても、同業他社との戦略的パー
トナーシップや社外との連携に基づくオープンイノベーションが模索されるなど、パー
トナーシップの重要性はますます強く認識されるようになっています。ただし、エフェ
クチュエーションに基づくパートナーシップは、いくつかの特徴によって、コーゼーシ
ョン的なパートナーシップとは区別されます。
この続きは、次回に。
2025年11月20日
株式会社シニアイノベーション
代表取締役 齊藤 弘美

