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[新訳]イノベーションと起業家精神(下) —-その原理と方法⑧

[15] ベンチャー・ビジネスのマネジメント

ベンチャー・ビジネスにはアイデアがある。製品やサービスもあるかもしれない。売り上げさえあるかもしれない。かなりの売り上げがあるかもしれない。コストもたしかにある。

そして収入がある。利益さえあるかもしれない。しかしベンチャー・ビジネスには事業と呼べるものがない。組織された命ある活動としての事業がない。何を行い、何を成果とし、何を成果とすべきかが明確にされている事業がない。

ベンチャー・ビジネスは、いかにアイデアが素晴らしくとも、いかに資金を集めようとも、いかに製品が優れていようとも、さらにはいかに需要が多くとも、事業としてマネジメントしなければ生き残れない。

ベンチャー・ビジネスが成功するには、四つの原理がある。

それは第一に、市場に焦点を合わせること、第二に、財務上の見通し、とくにキャッシュフローと資金について計画をもつこと、第三に、トップ・マネジメントのチームを、それが実際に必要となり、しかも可能となるはるか前から用意しておくこと、第四に、創業者たる起業家自身が、自らの役割、責任、位置づけを決断することである。

 

1 市場志向の必要

ベンチャー・ビジネスが成功するのは、多くの場合、考えてもいなかった市場で、考えてもいなかった客が、考えてもいなかった製品やサービスを、考えてもいなかった目的のために買ってくれることによってである。

 

○   予期せぬことを当然とする。

ベンチャー・ビジネスは、この事実を認識し、予期せぬ市場を利用できるよう自らを組織しておかなければならない。あくまでも市場志向、市場中心でなければ、単に競争相手のために機会をつくっただけで終わる。

イノベーションを行う者自身の視野は狭くなりがちである。狭窄症とさえいってもよいかもしれない。自分が知っている世界しか見えない。外の世界が見えない。

したがってベンチャー・ビジネスは、自らの製品やサービスが、思いもしなかった市場において、思いもしなかった使われ方のために、なじみのない素人の客によって買われることがあって当然であるとの前提のもとに、事業をスタートさせなればならない。

市場志向でなければ、生み出すものは、競争相手のための市場だけということになる。数年後には、「あの連中」が市場をもっていく。あるいは「とんでもない客」に売りはじめ、やがて市場を全部もっていってしまう。

 

○   マーケティングの基本

ベンチャー・ビジネスを市場志向のものにすることは、とくに難しいことではない。しかしそのために必要とされることは、起業家の性向に反する。

予期せぬ成功や失敗など、予期せぬものを体系的に探さなければならない。予期せぬものを例外として片づけず、機会として調べなければならない。

市場志向であるためには、実験が必要である。当初、考えてもいなかった顧客や市場が、自らの製品やサービスに多少なりとも関心があるとわかったら、その製品やサービスを実際に使ってくれる人を探さなければならない。なじみのない人たちに無料のサンプルを提供し、彼らがそれをいかに使うかをしらべなければならない。さらには、彼らを顧客にするには製品やサービスをいかに変えるべきかを調べなければならない。何らかの関心が示されたならば、直ちに関連する専門誌に広告を載せ、協力してくれる人たちを探さなければならない。予期せぬ市場から予期せぬ関心が、本当の可能性を示すものか、単なる好奇心にすぎないのかを見分けるには、さしてコストはかからない。若干の感受性と体系的な作業が必要なだけである。さらには、製品やサービスの意味を決めるのは顧客であって生産者ではないことを、つねに思い起こせる仕組みをつくっておかなければならない。製品やサービスが顧客に提供している効用や価値に関し、絶えず自らに疑問を投げかけていかなければならない。最大の危険は、製品やサービスが何であり、何であるべきかであり、いかに買われ、何のために使われるかについて、顧客以上に知っていると思い込むことにある。予期せぬ成功を、侮辱ではなく機会として見なければならない。そして企業は、顧客を替えることによって対価を得るのではないというマーケティングの基本を受けなければならない。企業は、顧客を満足させることによって対価を得る。

 

この続きは、次回に。

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