チェンジ・リーダーの条件⑤
○ われわれの事業とは何か
今日の企業、病院、政府機関は、高度の知識と技能をもつ者を、組織のあらゆる階層に多数集めている。
仕事の進め方やその内容を左右するのが、それら高度の知識と技能である。
組織のあらゆる階層において、企業そのものや企業の能力に直接影響を与える意思決定が行われている。
「何を行い、何を行わないか」「何を続け、何を止めるか」「いかなる製品、市場、技術を追求し、いかなる市場、製品、技術を無視するか」などの大きなリスクを伴う意思決定が、かなり下の地位の人間によって、しかもマネジメントの肩書や地位のない研究者や設計技師、あるいは製品計画担当者や税務会計担当者によって行われている。
彼らは彼らなりに、漫然としたものかもしれないが、自らの事業について何らかの定義をもって意思決定を行う。
彼らはみな、「われわれの事業は何か。何であるべきか」という問いに対する答えをもっている。したがって、企業自らが、この問いについて徹底的に検討し、その答えを少なくとも一つは用意しておかないがきり、上から下にいたるあらゆる階層の意思決定が、それぞれ相異なる両立不可能な矛盾した事業の定義に従って行われることになる。
たがいの違いに気づきもせず、反対方向に向かって努力を続けることになる。
のみならず、それぞれ間違った定義に従って、意思決定を行い、行動することになる。
あらゆる組織において、共通のものの見方、方向づけ、活動を実現するには、「われわれの事業は何であり、何であるべきか」を定義することが不可欠である。
実は、この「われわれの事業は何か」を問うことこそ、トップマネジメントの第一の責任である。おそらく、企業の目的としての事業内容を十分に検討していないことが、企業の挫折や失敗の最大の原因である。
逆に企業の成功は、つねに「われわれの事業は何か」をはっきり問い、その問いに対する答えを熟慮のうえ明確にすることによってもたらされている。
○ 顧客は誰か
企業の目的を定義する場合、出発点は一つしかない。顧客である。
まず、顧客によって事業は定義される。事業は、社名や定款や設立趣意書によって定義されるものではない。
製品やサービスの購入によって顧客が満足させようとする欲求によって定義される。
顧客を満足させることこそ、企業の目的である。したがって、「われわれの事業は何か」との問いは、企業を外部、すなわち顧客と市場の支店から見て答えることができる。
顧客の関心は、価値や欲求や現実である。
この事実だけを見ても、「われわれの事業の何か」との問いに答えるためには、顧客からスタートしなければならない。すなわち、顧客の現実、状況、行動、期待、価値観からスタートしなければならない。したがって、「誰が顧客か」との問いこそ、企業の指名を定義するうえでもっとも重要な問いである。やさしい問いではない。
まして、わかりきった問いではない。しかるに、この問いに対する答えによって、事業をどう定義するかがほぼ決まる。
消費者すなわち製品やサービスの最終利用者は、つねに顧客である。
しかし、消費者だけが顧客ではない。顧客はつねに、少なくとも二種類いる。しかも顧客によって、事業の定義も違い、その期待や価値観も違い、購入するものも違う。
「顧客はどこにいるか」と問うことも重要である。
次の問いは、「顧客は何を買うか」である。ほとんどのマネジメントが、せいぜい苦境に陥ったときにしか「われわれの事業は何か」を問わない。
もちろん苦境のときには当然である。
事実、そのようなときに問うならば、目ざましい成果をあげ、絶望的な衰退さえ逆転できることがある。しかし苦境に追い込まれるまで待っていたのでは、ロシア式ルーレット、命をかける賭けに身をまかせることになる。
それは、マネジメントとしてあまりに無責任である。
この問いは事業の初めに問わなければならない。
特に成長を目指しているのであれば、必ず問わなければならない。
「われわれの事業は何か」と真剣に問うべきなのは、むしろ成功しているときである。成功はつねに、その成功をもたらした行動を陳腐化する。
新しい現実を作り出す。新しい問題を作り出す。
「こうして幸せに暮らしました」と言って終わるのは、おとぎ話だけである。もちろん成功している企業のマネジメントにとって、「われわれの事業は何か」を問うことは容易ではない。
誰もが、そのような問いの答えは当たり前のことであり、議論の余地はないとする。成功にけちをつけることは好まない。ボートを揺することを好まない。
この続きは、次回に。