ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学 ㊲
✔️ イメージ型の言葉、コンセプト型の言葉
人が自分の考えを伝える時には、その中身だけではなく、言葉の選び方で効果が変わります。
いわゆるレトリック(修辞学)です。リーダーならば、自分のビジョンを組織・部下に浸透させるために
言葉を選ぶ必要があります。ここでは米パデュー大学のシンシア・エンリッヒたち四人が、2001年に
「アドミニストレイティブ・サイエンス・クオータリー」で発表した興味深い論文を紹介しましょう。
エンリッヒたちは、米国歴代大統領の演説を分析対象にしました。
ここで彼女たちが注目したのは、演説の中に使われた二つの正反対のタイプの言葉の数です。
それは「イメージ型の言葉」と「コンセンサス型の言葉」です。
「イメージ型の言葉」とは、そこからまさに「光景」や「映像」が思い浮かんだり、あるいは臭い、
音などのイメージまでも伝わったりするような言葉です。
「感性・五感に訴える言葉」と言ってもいいでしょう。
それに対して「コンセプト型の言葉」とは、人の論理的な解釈に訴える言葉です。
似たような意味を目指す言葉にも、イメージ型とコンセンプト型があり、それぞれで印象はかなり
違ってきます。例えば「助ける」という言葉はコンセンサス型ですが、「手を貸す」はイメージ型です。
両者はほぼ同じ意味ですが、後者は、まさに人が手を差し伸べているような光景が頭に浮かびやすい
のではないでしょうか。
同様に、「働く」はコンセンプト型ですが、「汗をかく」というと、それだけで人が汗水たらしている
光景が目に浮かびます。
「〜の元になるのは」はコンセプト型ですが、それを「〜の根っこにあるのは」と言えばイメージ型です。
エンリッヒは、初代ジョージ・ワシントンから第40代ロナルド・レーガンまでの米大統領の就任演説
(再選した場合は除く)、および各大統領それぞれの後世で高く評価されている演説に出てくる言葉を
精査し、それをイメージ型とコンセプト型に分けました。
大統領の演説は、まさに「その国のビジョン」を語るものです。
✔️ 情景が浮かぶメタファーが効果的
そして統計分析により、イメージ型の言葉を使う比率が高い大統領ほど「カリスマ性が高く」、そして
「後世の歴史家から『偉大な大統領』と評価されている」という結果を得たのです。
この結果をもって、エンリッヒたちは「イメージ型の言葉は相手にビジョンを浸透させやすい」可能性を
指摘します。イメージ型の言葉は、ビビッドなので耳目を引きやすく、光景をイメージさせるので
理解してもらいやすく、覚えやすく、そして聴衆の感情に訴えやすいからです。
※ 省略致しますので、購読にてお願い致します。
✔️ カリスマリーダーは、相手の五感に訴える
このように、「カリスマ」「偉大なリーダー」と評価される人は、自身のビジョンを伝えるために、
イメージ型の言葉やメタファー、すなわち「相手の五感に訴える」言葉を使う傾向があります。
そう考えてみると、いま台頭している日本のビジネスリーダーにも、そういう方は多いかもしれません。
例えば、ソフトバンク社長の孫正義氏などは、そうではないでしょうか。
名言が多いことで知られる孫社長ですが、それらを見ると、まさにイメージ型の言葉やメタファーの
オンパレードです。例えば各種出版物から拾ってみると、
◯ 日本を羊の集団から狼(おおかみ)の集団にしないといかんよ。(日経ビジネスオンライン2015年6月
23日付「孫正義の焦燥」)
※ 省略致しますので、購読にてお願い致します。
私は、「イメージ型の言葉を使えば、すぐに優れたリーダーになれる」と言いたいわけではありません。
前述のミオたちの研究なども、因果関係というよりは、相関関係だけを示していると捉えたほうが無難です。
とはいえ「部下や周囲に自分の考え・ビジョンがうまく伝わらない」と悩む方や、「発信力」が必要な
リーダーは、ぜひその表現に少し加えてみてはいかがでしょうか。
ビジョンは中身も大事ですが、伝え方も重要なことが、経営学の研究でわかっているのですから。
経営学ミニ解説 7 内発的な動機
リーダーの大事な仕事の一つが、部下・従業員のやる気(モチベーション)を引き出すことなのは言う
までもありません。
人が仕事のモチベーションをどうすれば高められるかについては、経営学でも多くの研究成果があります。
中でもコンセンサスになっているのは、モチベーションには大きく二種類あることです。
一つは「外発的動機(Extrinsic motivation)」です。
これは給料・昇進・周囲からの評価など、当人の外から与えられるモチベーションです。
もう一方は、「内発的な動機(Intrinsic motivation)」です。
これは当人の心の中からわきあがってくるモチベーションです。
仕事へのやりがい、楽しさなどを感じることがその典型です。
そして近年の研究成果では、特に後者の「内発的な動機」の重要性が主張されているというのが、私の
理解です。
近年のこの分野の第一人者は、米ペンシルベニア大学のスター教授、アダム・グラントでしょうか。
※ 省略致しますので、購読にてお願い致します。
ここで気になるのは、リーダーシップとの関係です。ではどのようなリーダーが部下の内発的な動機を
高めやすいかというと、それは第15章で紹介したように、トランスフォーメーショナル型リーダーは、
組織のミッションを掲げて部下を刺激したり、事業の将来性や魅力を前向きに表現したり、部下と個別に
向き合ってその成長を重視したりします。
これらの態度が部下の内発的な動機を高めるのは、直感的にも納得できることでしょう。
たとえば、米セントラル・ピッコロらが2006年にAMJに発表した研究では、トランスフォーメーショ
ナル型のリーダーが部下の内発的な動機を(間接的に)高めやすいことが、質問票調査による統計分析で
実証されています。
「内発的な動機」を高めた日本組織の成功事例として私がすぐに思いつくのは、東日本旅客鉄道(JR
東日本)の子会社で、新幹線車内の清掃をするテッセイです。
同社の成功は『新幹線 お掃除の天使たち「世界一の現場力」はどう生まれたか?』(遠藤功著、あさ
出版)という本などでも有名ですので、ご存知の方もいるかもしれません。
そもそも掃除現場はいわゆる3K職場のようなところがあり、テッセイのスタッフの士気も、以前は
とても低いものでした。
それを、親会社であるJR東日本からやってきた矢部輝夫氏が、大胆に変革したのです。
たとえば矢部氏は掃除の仕事を「おもてなし」と再定義し、乗客から彼らの仕事がくっきりと見える
ようにしました。
そのために、制服もカラフルで素敵なものへと変え、乗客から注目を集めるようにしました。
さらに矢部氏は現場に大胆に権限を与え、現場の創意工夫でお客さんに対応するようにしました。
すると次第に新幹線の乗客がスタッフに対し、「ありがとう」と言うようになり、それがテッセイの
スタッフの仕事に対するプライドへのつながり、スタッフの士気が高まっていったのです。
テッセイの事例は「内発的な動機が現場を強くする」ことを示した好例です。
テッセイの成功は米ハーバード大学経営大学院のケースとしてとりあげられるまでになっています。
そして、この改革を成し遂げた矢部氏はきっと、トランスフォーメーショナル型のリーダーシップを
発揮されたのだろうな、と学者である私は考えてしまうのです。
この続きは、次回に。