ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学 ㊷
Part9 起業活性化の経営理論
第19章 日本の起業活性化に必要なこと (1) 簡単な「キャリア倒産」
Part9(19章から21章)では、いま日本でも非常に関心度の高い、起業・アントレプレナーシップについて、
最先端の経営学の知見を紹介していきたいと思います。中でもこの19章と20章では、重要な課題である
「日本で起業をさらに活性化させるにはどうすればいいのか」という点について、考えましょう。
そこで使われるのが、リアル・オプション理論です。
詳しいことは、経営学ミニ解説2に記されていますが、ここでももう一度、リアル・オプションの
考え方を、簡潔に紹介しましょう。
リアル・オプションの事業計画
経営学ミニ解説2では、リアル・オプションを事業計画の考え方の一つとして紹介しました。
それは、「事業環境の不確実性が高いときには、慎重に計画を立ててから巨額の投資をするよりも、
まずは早く部分的に投資をして、その後で必要なら段階的に追加投資したほうが良い」という考え方です。
このほうが、(1) 事業環境が悪化したときのリスクを減らしながら、(2) 他方で上ぶれ(=事業環境の好天)の
チャンスを逃さないのです。
特に重要なのは(2)の点です。不確実性のある事業環境では、人はそれを「リスク」と見なしがちです。
例えば「今後の成長率は20%かもしれないが、逆にマイナス3%の可能性もある」というような不確実性の
高い市場では、マイナス3%の方に目が行きがちです。
しかし「不確実性が高い」ということは、上ぶれのチャンスが大きいということでもあります。
もし段階投資ができるなら、万が一、下ぶれた際のコストをあらかじめ減らしておける一方で、上ぶれの
チャンスをつかむ可能性も残せます。このようなリアル・オプションの考えは、段階投資によって
「投資オプション」を作り出すことで、不確実性が高いということもむしろチャンスも大きい(=オプ
ション価値が高い)、ということを気づかせてくれるのです。
しかし、この「事業計画への応用」は、世界の経営学で議論されている数多くのリアル・オプション
理論の一つでしかありません。特に近年は、リアル・オプションの考え方を「起業の活性化」と結び
つける研究が続々と出てきています。中でも、現ユタ大学の巨匠ジェイ・バーニーが提示した、大変
興味深い、そして日本にも示唆に富む研究を紹介しましょう。
バーニー教授のリアル・オプション
バーニーの名前は、第3章でも出てきました。
経営学を少しかじられた方なら、その名前はご存知かもしれません。
「リソース・ベースト・ビュー」という理論フレームワークを確立し、米ハーバード大学のマイケル・
ポーターと並んで、経営戦略論の分野では最も有名な学者の一人です。
そのバーニーが2007年に、米テキサス大学ダラス校のスーヒョン・リーおよびマイク・ペンと共同で、
経営理論のトップ学術誌「アカデミー・オブ・マネジメント・レビュー」(AMR)誌に、リアル・オプ
ションの論文でバーニーたちは、リアル・オプションの考え方を応用して、「『失敗事業のたたみや
すさ』の違いが、世界各国の起業の活性化の違いに影響しているのではないか」と主張したのです。
言うまでもなく、起業は不確実性の高いものです。
新しくできた会社の多くは数年内に消えてしまいます。特に将来的に上場を目指すような分野(今なら
情報技術、バイオ産業など)では、技術確認のスピードや市場の変化も早く、結果、上場までたどり
つける会社はごくわずかです。
起業家の多くはそのような不確実性を知りつつも、あえてリスクを取られている方が多いはずです。
しかし、もし何らかの理由で「失敗しても事業をきれいにたためる」なら、すなわち「会社を潰す際の
コストが比較的小さくて済む」ならどうでしょうか。例えば、仮に会社が倒産しても経営者が巨額の
負債を負わないで済んだり、あるいは倒産の手続きが簡素に済んだりすれば、金銭的・時間的・精神敵な
コストが小さくて済みます。
そうであれば、その起業家はすぐに立ち直って、また次の事業を起こせるかもしれません。
たたみやすさが起業を促す
そして繰り返しになりますが、不確実性が高いということは、成功したときのリターンが大きいという
ことでもあります。例えば仮にその事業が上場までたどりつければ、そこから得られる収益は計り
知れないものがあります。
「もし会社が潰れても、そのときはきれいに事業をたためる」のであれば、その分だけ「失敗したときの
コストは小さく」、他方で「成功したときのリターンは大きい」のですから、より積極的に起業する人が
増えることが期待できます。
まさにリアル・オプションの考え方です。
では、どうすれば会社を「たたみやすく」できるのでしょうか。
例えば2010年に出版されて話題になった磯崎哲也氏の『起業のファイナンス』(日本実業出版社)では、
起業をする人は、事業をたたみやすくするための資本政策や契約についてあらかじめ考えておくべきで
ある、と主張しています。このような実務レベルの視点に加えて、バーニーたちは「事業をたたみやすく
するための国の制度」、すなわち各国の「倒産法」の違いに注目したのです。
倒産法が起業に影響する?
「会社のたたみやすさ」を規定する倒産法は、国ごとに多様です。
例えば米国では企業を清算することを目的とした「破産法第7条」に加えて、再建を目標とする
「第11条」があります。
第11条を適用できれば経営者の負担が軽いですから、その経営者は事業を立て直したり、新しいビジ
ネスに取り組んだりできるかもしれません。しかし、バーニーたちの理論によると、必ずしも世界中の
全ての国が「第11条」のような法律を持っているわけではないようです(日本では会社更正法と民事
再生法があるのはご承知の通りです)。
さらに重要なのは、実際の倒産手続きを遂行するスピードや煩雑さが国ごとに異なることです。
倒産の手続きが煩雑だったり、時間がかかれば、それだけ「早く事業をたたんで次のビジネスを起こし
たい」起業家たちの時間的・金銭的なコストが増してしまいます。
バーニーたちは、リアル・オプション理論の視点から、経営者が事業をたたむときのコストが低い
倒産法や法手続きを有している国ほど、起業家はリスクを取りやすくなり、結果としてその国の起業
活動が活性化するはずだ、と主張したのです。
さらにバーニーたちは、その後この命題を実証研究し、2011年に「ジャーナル・オブ・ビジネス・
ベンチャリング」誌に発表しました。
この理論にはもう一人の共著者がいまして、それは現バブソン・カレッジ准教授の山川恭弘氏です
(山川氏は、現在米国で活動している数少ない日本人経営学者の一人です)。
この論文でバーニーと山川氏たちは、データのとれる世界各国の19年間のデータを使って統計分析を
しました。その結果、倒産の手続きスピードが速い国ほど、あるいは手続きコストが小さいほど、
そして経営者の金銭的な負担が軽いほど、その国の起業が活性化しやすいという結果を得ています。
この続きは、次回に。