人を動かす経営 松下幸之助 ㊴
・ 正しいことは通るか—男と男の約束を守ったら
世の中というものは一面ふしぎなもので、自分はこうするのが正しいと考えてやったことでも、それが
そのまま受け入れられるとは限らない。別にそれが自分のひとりよがりではなく、だれもが正しいと
認めたようなことでも、さてそれが実際の面になってみると、正しいことが通らなくなる。
そういう場合もある。まことにふしぎなものである。
もう五十年も前のことであるが、ある電気器具をめぐって、業界で激しい過当競争が行われたことが
あった。過当競争というのは、値段の面での競争である。
原価が十とすると、安売り競争で八という安値で売る。これでは儲けるどころか損である。
売れば売るほど損が出る。損になるから、ふつうの頭で考えれば、もう過当競争はやめた、という
ことになるのが当然である。
ところが、競争というのは人の頭を狂わせてしまうのか、それだけ損が出るのになお安売り競争は
続けられた。いってみれば、もう意地と意地のぶつかりあいである。それが何カ月間も続いた。
一年ちかく続いた。
部外者からみれば、とても正気の沙汰とは思えない、ということにもなろうが、人間にはそういう
一面もあるのである。
しかしながら、そうはいっても、永遠にそういった状態を続けていくことは、これはやはりできない。
そうそう損ばかりしてはおれない、ということにもなってくる。
ムダというよりも、大きなマイナスである。お互いともにマイナスである。だから、やはりこういう
状態は正しくないから、正常な値段にもどそうではないか、ということになった。
今日では独禁法があってそういうことはできないが、五十年前のそのときには、各会社、工場の首脳が
一堂に会して、正しい姿にもどそうということを決めた。
私も、小さいながら工場主のひとりとして出席した。そして、いつからそれを実行するかということに
ついては、これは今まで正しからざる姿を長く続けてきたのだから、正しい姿にもどすのははやい方が
良い、即日実行しよう、ということに決まった。
そこで、私はその場で決めたとおり、約束通り実行した。これは当然のことである。
ところが、世の中というものはわからないものである。というのは、その後次のようなことがあった。
即日実行ということが決まってから約一カ月半ほどしてから、私は代理店会議を行った。
代理店といっても、松下電器の専属代理店ではない。
ある商品についての打ちあわせを行うために集まってもらったのである。
そのときに、こういう話がでた。
「松下君、君のところはけしからんぞ」
「どうしてですか」
「この間、ある電器器具の値上げをしたのではないか。協定したということだが、君のところだけ
即日値上げをした。まことにけしからん話ではないか」
「ああそのことですか。あれは、今までの姿があまりにもムチャクチャだったので、正しい姿にもど
そう、それを即日実行しよう、ということに決まったのです。それで私はそのとおりしたのです」
「それはそうかもしれない。しかし、よそのメーカーでは、〝一万個だけは前の値段で納めます〟とか
〝一カ月間だけ前の値段でいきます〟というように、みんな勉強している。
私は君のところから買っているが、君のところだけ即日実行するとはけしからんではないか」
私はおどろいた。あのように、各社の代表が集まって、真剣に話しあい、このままではいけないから
正しい姿に改めよう、すぐに改めよう、ということで即日実行を決めた。
決していい加減な話し合いではなかった。みんな真剣な態度で検討し、その結果決めたことである。
ところが、その決めたことが守られていない。そして守った私が悪いように避難されている。
これはいったいどうなっているのか。どうなっているのかさっぱりわからない。けれども、このまま
黙っているわけにはいかない。そこで私は、次のように話した。
「みなさんのおっしゃることは、みなさんと私の間では当然だと思います。
松下が即日実行したのはきびしすぎるといって、みなさんが私をお叱りになるのはごもっともです。
けれども、そこで一つ考えていただきたいのです。
あれは、男と男が約束して、そして実行したのです。
それを他のメーカーが約束どおり実行していないということは、私はきょうはじめて知りました。
だから、みなさんが、そういう約束を実行しないメーカーの方を頼りにされるのであれば、仕方が
ありません。もうその品物は他から買ってくださって結構です。
私はそういうように男と男とが約束したことであるし、またその約束は正しい約束だと考えています。
今までおろかな過当競争をやっていたのを改めるための正しい約束です。ですから、キチッと約束を
守りました。そういうメーカーは好ましくないとおっしゃるなら、私はあやまりますし、以後お取り
引きしていただかなくてもそれはそれでもう仕方がありません」
私は、心から真剣にそう考えたから、そのような素直に話した。
すると、今まで苦情をさかんに言っていた人たちも、黙ってしまった。
シーンとなった。みんな考えている。そこで私は、「どうでしょうか。私の方がまちがっているので
しょうか」とさらに問いかけた。
すると、先ほど避難めいたことを言っていた人も、「それは松下君、君はまちがっていない。君の方が
立派だ。なるほど、よくわかった。今後とも君のところから買うことにしよう」と、こういうことに
なった。そしてその品物も引き続いて大いに買っていただいたのである。
結局、これによって、松下電器は信用を増したわけである。
松下電器は約束したことはビシッと守るのだな、信用できるところだ、というように信用を高めた。
そして、そういう信用によって、商売もよりスムーズにいくようになった。
要は、つねに何が正しいかという観点からものを考えることが大切ではないかということである。
この続きは、次回に。