お問い合せ

現代語訳「論語と算盤」⑪

□ 蟹穴(かにあな)主義が肝要

 

わたしは社会に生きていく方針として、今日まで「忠恕(ちゅうじょ)」—

良心的で思いやりある姿勢を一貫するという考え方で、通してきた。

昔から、宗教家や道徳家といった人々のなかには、立派な学者がたくさん

生まれて、道を教えたり、法を立ててきた。しかし結局それは「修身」

—自分を磨くということに尽きているのだろうと思う。その自分を磨くと

いうことも、まわりくどくいえばむずかしくなるが、わかりやすくいって

しまえば、箸の上げ下ろしの間の心がけにも十分その意義が含まれている

だろうと思われる。わたしはその意味において、家族に対しても、客に

対しても、その他手紙など何かを見るのにも、誠意を尽くしている。

 

—省略—

 

こうして箸の上げ下ろしの間の心がけができれば、次に心がけるべきは、

「己を知る」ということになる。

世間には、随分と自分の力を過信して、身の丈をこえた望みを持つ人も

いる。しかし進むことばかり知って、身の丈を守ることを知らないと、

とんだ間違いを引き起こすことがある。

わたしは、「蟹は、甲羅に似せて穴を掘る」という主義で、「渋沢の身の

丈」を守るということを心がけている。

 

孔子は、「進むべときは進むが、止まった方がいいときは止まり、退いた

方がいいときは退く」ともいっておられるが、たしかに人はその出処進退

—仕えるときと辞める時の決断が大切なのだ。そうはいっても、身の丈に

満足するからといって、意欲的に新しいことをする気持ちを忘れては何も

できない。だからこそ、「なすべきことを完成させない限り、死んでも

故郷に帰らない」「大きな仕事を成し遂げるためには、細事にこだわる

べきではない」「男子たるもの、一度決意したなら、ぜひとも伸るか反るか

快挙を試みるべきだ」といった格言を旨とするのが大切なのだ。

そして同時に、自分の身の丈を忘れないようにして、バランスをとらな

ければならない。孔子は、「欲望のままに振舞っても、ハメを外さない」と

いわれたが、この言葉の通りに、身の丈に満足しながら進むのがよいので

ある。

次に、若い人がもっとも注意すべきことに、喜怒哀楽がある。

いや、若い人だけではない。およそ人間が世間とのつきあい方を誤るのは、

だいたいにおいて、さまざまな感情が暴発してしまうからなのだ。

孔子も、「関雎(かんしょ)という昔の音楽は、楽しさの表現に溺れ過ぎ

なかった」と述べている。つまり、喜怒哀楽はバランスをとる必要があると

いうのだ。わたしも酒は飲むし、遊びもするが、常に「走れすぎず、溺れ

すぎず」を限度と心得ている。これを一言でいえば、わたしの主義は、

「何事も誠実さを基準とする」ということに外ならない。

 

● 蟹穴主義-渋沢栄一

 

蟹は自分の甲羅の穴しか掘らず、その穴の中に住む自分の身の丈にあった

夢や生活を志せと言う事だそうです。

 

● 箸の上げ下ろし

 

を上げたり下ろしたりするような、こまかな一挙一動。

こまかな事にまで口やかましく言う場合に用いる語。

 

● 身の丈

 

身長を意味する語であり、それより転じて「自分にふさわしく十分な程度」も

意味する語。類語に「身の程」や「分」などがある。

 

● 伸るか反るか

 

伸びる反りかえってしまう、どちらに転ぶわからないが、という

意味の言い回しです。成否は天にまかせ、思い切って物事を行うこと。

いちばちか。2019/01/28

 

● 喜怒哀楽

 

人間のもつさまざまな感情。喜び・怒り・悲しみ・楽しみの四つの情のこと。

 

● 関雎(かんしょ)

 

」は「関関」の略で、和らいだ鳴き声、「」は「鳩 (しょきゅう)」の

略で、雌雄の仲のよいという水鳥のミサゴ。

夫婦仲がよくて礼儀正しいこと。

 

 

 

この続きは、次回に。

トップへ戻る