お問い合せ

現代語訳「論語と算盤」⑭

□ 自ら箸をとれ

 

青年たちのなかには、大いに仕事がしたいのに、頼れる人がいないとか、

応援してくれる人がいない、見てくれる人がいないと嘆くものがいる。

なるほど、どんなに優秀な人でも、その才能や気概胆力智謀を見出す

先輩や、環境がないと、その手腕を発揮するきっかけがなかなか掴めない。

そこで、有力な先輩を知り合いに持つとか、親類に有力な人がいるという

青年は、その器量を認められる機会も多いので、比較的恵まれていると

いえるだろう。

しかしそれは普通以下の人の話で、もしその人に手腕があり、優れた頭脳が

あれば、たとえ若いうちから有力な知り合いや親類がいなくても、世間が

放っておくものではない。もともと今の世の中には人が多い。

官庁にも、会社にも、銀行にも、人がたくさん余っているくらいだ。

しかし、上の人間が「これから大丈夫」と安心して任せられる人物は少ない。

だからどこにおいても、優良な人物ならば、いくらでも欲しがっている。

こうして人材登用のお膳立てをして、われわれは待っているのだが、この

用意を食べるかどうかは箸を取る人の気持ち次第でしかない。

ご馳走の献立をつくったうえに、それを口に運んでやるほど先輩や世の中は

ヒマではないのだ。

また、誰が仕事を与えるにしても、経験の少ない若い人に、初めから重要な

仕事を与えるものではない。

「おれは高等教育を受けたのに、子供扱いでソロバンを弾かせたり、帳面を

つけさせたりするのは馬鹿馬鹿しい。先輩なんていうものは人材も経済も

知らないものだ」などと不平をいう人もいるが、これはまったく間違って

いる。なるほど、ひとかどの人物につまらない仕事をさせるのは、人材や

経済の観点からみてもとても不利益な話だ。しかし先輩がこの不利益を

あえてするのには、大きな理由がある。

決してその人を馬鹿にした仕打ちではないのだ。

その理由はしばらく先輩の胸算用に任せて、青年はただその与えられた

仕事に集中しなければならない。

こうして与えられた仕事に不平を鳴らして、口に出してしまうのはもち

ろんダメだが、「つまらない仕事だ」と軽蔑して、力を入れないのもまた

ダメだ。およそどんなに些細な仕事でも、それは大きな仕事の小さな一部

なのだ。これが満足にできないと、ついに全体のケジメがつかなくなって

しまう。時計の小さな針や、小さい歯車が怠けて働かなかったら、大きな

針も止まらなければならない。同じように、何百万円の銀行でも、厘や

銭単位の計算が違うと、その日の帳尻が付かなくなってしまう。

若いうちは、気が大きくなって、些細なことを見ると、何だこれくらいと

軽蔑する癖がある。しかしそれが、その時限りで済むものならまだしも、

後日の大問題を引き起こしてしまわないとも限らない。

もし後日の大問題にならなくても、些細なことを粗末にするような大雑把な

人では、しょせん大きなことを成功させることはできない。

水戸光圀公の壁書きのなかに、「小さなことは分別せよ。大きなことには

驚くな」としたためられているが、商売や軍務を初めとして、何事にも

この考えでなくてはならない。

また昔の言葉に「千里の道も一歩から」とある。

たとえ自分は、「今よりもっと大きなことをする人間だ」と思っていても、

その大きなことは微々たるものを集積したもの。どんな場合も、些細な

ことを軽蔑することなく、勤勉に、忠実に、誠意をこめて完全にやり遂げ

ようとすべきなのだ。

受付や帳簿つけといった与えられた仕事を、そのときの全生命をかけて

まじめにやれない者は、いわゆる手柄を立てて立身出世の運を開くことが

できないのだ。

 

● 気概

 

困難にくじけない強い意志・気性。

「先駆者の気概を示す」「気概のある人」

 

● 胆力

 

事にあたって、恐れたり、尻ごみしたりしない精神力。

ものに動じない気力。きもったま。「胆力を練る」

 

● 智謀(ちぼう)【知謀/×智謀】

 

知恵を働かせたはかりごと。巧みな計略。「―をめぐらす」

 

 

 

この続きは、次回に。

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