現代語訳「論語と算盤」⑰
□ 一生涯に歩むべき道
武士になると同時に、当時の政治体制をどうにか動かすことはできない
だろうか—今日の言葉をかりていえば、政治家として国政に参加して
みたいという大望を抱いたのであった。そもそもこれが故郷を離れて、
あちらこちらを流浪するという間違いをしでかした原因であった。
白状してしまうと、わたしの志は、青年期においてはしばしばゆれ動いた。
最後に実業界で身を立てようと志したのが、ようやく明治四、五(一八七一〜
七二)年の頃のことで、今日より思い起こせば、このときがわたしにとっての
本当の「立志」—-志を立てることであったと思う。
もともと自分の性質や才能から考えても、政界に身を投じることは、むしろ
自分の向かない方角に突進するようなものだと、この時ようやく気がついた
のであった。それと同時に感じたことは、欧米諸国が当時のような強さを
誇った理由は、商工業の発達にあることだった。
現状をそのまま維持するだけでは、日本はいつまでたっても彼らと肩を
並べられない。だからこそ、国家のために商工業の発達を図りたいという
考えが起こって、ここで初めて「実業界の人になろう」との決心がついた
のであった。
そして、このとき立てた志で、わたしは今に至る四十年あまりも一貫して
変わらずにきたのである。
真の「立志」はまさしくこの時であった。思うに、それ以前に立てた志は、
自分の才能に不相応な、身のほどを知らないものであった。
だから、しばしば変更を余儀なくされたに違いない。それと同時に、以後に
立てた志が、四十年以上通じて変わらないものであったところを見ると、
これこそ本当に自分の素質にかない、才能にふさわしいものであったことが
わかるのである。しかし、もし自分に、自分を知ることのできる見識が
あって、十五、六歳の頃から本当の志が立ち、初めから商工業に向かって
いったとしよう。
そうであったなら、現実にわたしが実業界に足を踏み入れた三十歳頃までに、
十四、五年という長い年月があった。その間に商工業に関する素養をもっと
もっと積むことができたに違いない。
かりにそうであったとすれば、あるいは実業界における現在の渋沢以上の
渋沢が、生まれていたのかもしれないのだ。しかし残念ながら、青年時代の
見当違いなやる気で、肝心の修養すべき時期をまったく方向違いの仕事で
ムダに使ってしまった。
こんな話からも、まさしく志を立てようとする青年は、ぜひとも前の人間の
失敗を教訓にするのが良いと思う。
● 流浪
住むところを定めず、さまよい歩くこと。
「流浪の民」「諸国を流浪する」
● 立志
志を立てること。
将来の目的を定めて、これを成し遂げようとすること。
● 素養
ふだんの練習や学習によって身につけた技能や知識。たしなみ。
「絵の素養がある」
● 修養(しゅうよう)
知識を高め、品性を磨き、自己の人格形成につとめること。
「刻苦勉励して修養を積む」「精神を修養する」
この続きは、次回に。