お問い合せ

現代語訳「論語と算盤」⑲

□ 憎みながらも、相手の美点を知る

 

わたしは世間の人から誤解されがちなところがあって、「渋沢は、清濁

あわせ飲む主義である」とか「よい悪いという区別をつけない男である」

とかいわれてしまう。

この前も、ある人が来て、正面からわたしを厳しく問いただした。

 

「あなたは、日頃から『論語』を、社会で生きるうえでの根本にすえ、

また『論語』の教えそのままに行動しようとしている。

それなのに、あなたが世話をする人のなかには、まったくあなたの主義と

反して、むしろ『論語』に逆らう考えを抱いていたり、社会から非難を

受けているような人物もいる。そういう人を、あなたは平気な顔をして

近づけ、世間の評判にはまるで無頓着だ。

こんなことをしていれば、あなたの高潔な人格を傷つけてしまうと思うが、

ぜひ真意をうかがいたい」

なるほど、そう指摘されてみると、いわれていることはもっともだ。

自分でも思い当たる節はあるのだが、しかしわたしは、まったく違った

観点で、自分の信じる主義に従っている。つまり、社会で生きていくに

あたって、自分の栄達はもちろん、社会全体のためにも働き、できるか

ぎりの善行を植えつけ、世の中の進歩をはかりたいという気持ちを持ち

続けてきたのだ。だからこそ、単に自分の財産とか、地位とか、子孫の

繁栄といったものは二の次にし、もっぱら国家社会のために尽くすことを

考えている。なので、人のために考え、善行を心がけ、人の能力を援助し、

それを適所において使いたいという思いを、はちきれんばかりに持って

いる。この心がけが、世間の人から誤解を招くことになったそもそもの

原因かもしれない。

わたしが実業界の人間となって以来、出会う人も年々その数を増している。

それらの人々は、わたしの行いを見習って、おのおの得意なところで事業に

励んで欲しいと思っている。そうすれば、たとえその人は自分の利益しか

目的にしていなくても、その事業が正しいものである限り結果として国家や

社会のためになるだろう。だからわたしは、そうした志にはなるべく共感を

持ち、目的を達成させてやりたいと思っている。

自分の抱く主義がこのようであるから、面会を求めてくる人がいれば、

必ず会って話をするようにしている。知人であろうがなかろうが、自分に

差し支えがなければ、必ず面会して先方の注文と希望を聞く。

そして、来訪者の希望が道徳にかなっていると思える場合は、相手がどの

ような人間でも、その人の希望をかなえてやる。

 

—省略—

 

そして、それらの人々や、知人から頼まれたことで、道理にかなっている

ことがあれば、わたしはその人のため、さらには国家社会のために、自分の

力の及ぶ範囲で、力を貸すようにしている。つまり、道理のあることで

あれば、みずからすすんで世話をしてやる気にもなるのだ。

ところが後から振り返ってみると、「あの人はよくなかった」「あの事柄は

見間違えた」という結果がないわけではない。しかし、悪人が悪いまま

終わるとは限らず、善人がよいまま終わるわけではない。

悪人を悪人として憎まず、できればその人を善に導いてやりたいと考えて

いる。だから、最初から悪人であることを知りながら世話をしてやる

こともあるのだ。

 

● 清濁(せいだく)

 

1. 澄んでいることと濁っていること。

2. 善と悪。善人と悪人。また、賢者と愚者。

 

● 高潔

 

人柄がりっぱで、利欲のために心を動かさないこと。また、そのさま。

「高潔の士」「高潔な人柄」

 

● 栄達

 

出世すること。高い地位、身分を得ること。

「栄達を重ねる」「栄達を願う」

 

● 善行

 

よい行い。道徳にかなった行為。「善行を積む」

 

 

 

この続きは、次回に。

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