お問い合せ

現代語訳「論語と算盤」㉑

□ 親切に見える不親切

 

世間には、冷酷無情でまったく誠意がなく、行動も奇をてらって不真面目な

人が、かえって社会から信用され、成功の栄冠に輝くことがある。

これとは反対に、くそ真面目で誠意にあつく、良心的で思いやりに溢れた

人が、かえって世間からのけ者にされ、落ちこぼれとなる場合が少なく

ない。

「天道は果たして是か非か(お天道様のやることは、果たして正しいのか、

間違っているのか)」という矛盾を研究するのは、とても興味ある問題で

ある。

思うに人の行為がよいのか、それとも悪いのかは、その「」と「振舞い」の

二つの面から比較して、考えなければならない。

「志」の方がいかに真面目で、良心的かつ思いやりにあふれていても、

その「振舞い」が鈍くさかったり、わがまま勝手であれば、手の施しようが

無い。「志」において「人のためになりたい」としか思っていなくても、

その「振舞い」が人の害になっていては、善行とはいえないのだ。

昔の小学生が読む本に、「親切がかえって不親切になった話」と題した

話がある。雛が孵化しようとして卵の殻から出られないのを見て、親切な

子供が殻をむいてやった。ところが、かえって雛は死んでしまったという

のだ。

これに対して、「志」が多少曲がっていたとしても、その振舞いが機敏で

忠実、人から信用されるものであれば、その人は成功する。

行為のもととなる「志」が曲がっているのに、「振舞い」の方が正しいと

いう理屈は、本来的には成り立つはずもない。しかし、道義にかなって

いるように見せかければ、聖人ですら騙しやすくなるものだ。

同じように、実社会においても、人の心の善悪よりは、その「振舞い」の

善悪の方が、傍から判別しやすいため、どうしても「振舞い」にすぐれ、

よく見える方が信用されやすくなるのだ。

 

—省略—

 

だから「志」の善悪よりは、「振舞い」の善悪の方が人眼につきやすい

のだ。こうして口がうまく、おべっかを使う人間が世間でもてはやされ

たりする。逆に、耳に痛い忠告をしたり、良心的で思いやりある人が足を

引っ張られ、「なぜお天道様は、こんな不正義を許すのか、お天道様は

正しいのか、間違っているのか」というなげきを漏らすことになる。

これに引き換え、悪がしこい人や、表面をうまくとりつくろう人は、比較的

成功し、信用される場合が出てきてしまうのだ。

 

● 冷酷無情

 

思いやりがなく、人間らしい感情に欠けていること。

冷酷」は、人間味が無く残酷なさま。 「無情」は、人間らしい情が

ないさま。 同義の語を重ねて言った言葉。

 

● 志

 

1. ある方向を目ざす気持ち。心に思い決めた目的や目標。

  「志を遂げる」「事、志と異なる」「志を同じくする」

  「青雲の志を抱く」

 

2. 心の持ち方。信念。志操。「志を高く保つ」

 

● 振舞い

 

動作や行い。「礼儀正しい―」

 

● 道義

 

人のふみ行うべき正しい道。道理。

「道義にもとる行為」「道義的責任」

 

 

 

 

この続きは、次回に。

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