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現代語訳「論語と算盤」㉝

第5章 理想と迷信

 

□ 熱い真心が必要だ

 

どんな仕事でも、近頃の流行語でいえば、「趣味」—ワクワクするような

面白みを持たなければならないという。わたしは学者ではないので、この

「趣味」という言葉の定義について、詳しい解釈を述べることができない。

しかし、人が何か、自分の務めを果たすというときには、この「趣味」を

持って欲しいと強く思うのである。

「趣味」という字の意味は、「理想」とも「欲望」とも受け取れる。

また「好んだり楽しんだり」という意味にも受け取れる。

こうした「趣味」という字の意味を、まとめて解釈すれば、こうなる

だろう。

仕事をするさい、単に自分の役割分担を決まり切った形でこなすだけなら、

それは俗にいう「お決まり通り」。ただ命令に従って処理するだけに

すぎない。しかし、ここで「趣味」を持って取り組んでいったとしよう。

そうすれば、自分からやる気を持って、「この仕事は、こうしたい。

ああしたい」「こうやって見たい」「こうなったら、これをこうすれば

こうなるだろう」というように、理想や思いを付け加えて実行していくに

違いない。それが、初めて「趣味」を持ったということなのだ。

わたしは「趣味」の意味はその辺にあるのではないかと理解している。

趣味の完全な定義は置いておいても、ぜひ人はその務めを果たすうえで、

いつもこの「趣味」を持って欲しいと思う。さらに一歩進んで、人として

生まれたからには、人としての「趣味」を持って欲しいとも思うのだ。

社会のなかで一人前の「趣味」を持って、その「趣味」のレベルが上がって

いけば、それに見合った成果が世間にもたらされるようになるだろう。

そこまでいかずとも、「趣味」のある行動であれば、必ずその仕事には

心がこもるに違いない。もしお決まり通りに仕事をするだけなら、生命

など宿らず、型通りのものにしかならないのだ。

ある書物の健康法のなかに、こんなことが書いてあった。

「もし年老いてまだ寿命に恵まれていたとしても、ただ食べて、寝て、

その日を送るだけの人生では、そこには生命などなく肉の塊があるだけだ。

一方で年老いて体が満足に動かなくなっても、心だけは世の中の役に

立とうとするなら、それは生命ある存在になる」

人間は生命ある存在でありたいと思うし、肉の塊ではいたくない。

わたしのような年齢を重ねたものにとって、これはいつも心掛けなければ

ならない事柄だ。

「あの人は、まだ生きているのだろうか」といわれるようでは、肉の塊に

なっていると考えて間違いないのだ。もしそんな人ばかりになってしまえば、

この日本は活き活きしなくなってしまうと思っている。

今日でも、世間に名高い人で、「まだ生きていたのか」と思われる人が

たくさんいる。これでは肉の塊でしかない。

これは事業に取り組む場合もまったく同じことだ。

単に務めるだけでなく、そのことに対して「趣味」を持たなければなら

ない。もし「趣味」を持たなければならない。もし「趣味」がなければ、

心もなくなり、ちょうど木彫りの人形と同じになってしまう。

たとえどんなことでも、自分のやるべきことに深い「趣味」を持って

努力すれば、すべてが自分の思う通りにならなくても、心から湧き出る

理想や思いの一部分位は叶うものだと思う。

孔子の言葉にも、「理解することは、愛好することの深さに及ばない。

愛好することは、楽しむ境地の深さに及ばない」とある。

これは「趣味」の極致といってよいだろう。

自分の務めに対しては、この熱い真心がなくてはならないのだ。

 

● 極致(きょくち)

 

到達することのできる最高の境地。きわみ。

「芸術の極致に達する」「官能の極致」

 

● 真心

 

真実の心。偽りや飾りのない心。誠意。

「真心のこもった贈り物」「真心を尽くす」

 

 

 

この続きは、次回に。

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