現代語訳「論語と算盤」㉞
□ 道徳は進化すべきか
道徳というものは、他の理学や科学といったもののように、少しずつ進化
していくものなのだろうか。言葉を変えれば、道徳は文明の進化に従って、
みずからも進化できるのだろうか。
そもそも道徳という文字は、中国古代の伝説上の時代の「王者の道」と
いう意味が語源になっている。
それくらい道徳の起源は古いものなのだ。
「古いものは自然に進化するべきだ」というダーウィンの説に従って、
これを考えてみたいとする。進化という現象が生物だけに限らないとすれば、
科学の発明や生物が進化していくのに従って、おいおい起原の古い道徳も
進化していってもよいのではないだろうか。
もちろん進化論というのは、多くの生物について説明するために立てら
れた学説だ。しかし研究を重ねていったならば、生物ばかりでなくさま
ざまなものが、時の流れに従って変化するもの、いや変化というより
むしろ前進していくものという感じになってはいかないのだろうか。
道徳の進化という観点では、中国に面白い話がある。
いつ頃の教えかは知らないが、中国では「二十四孝」という二十四種類の
親孝行の例が挙げられている。そのなかに、こんな笑える話があるのだ。
—省略—–
しかし一方で、仁や義といった、社会正義のための重要な道徳を考えて
みると、東洋人の考え方は古今であまり変化がないように思われる。
これは西洋の数千年前の学者や、聖人や賢人と呼ばれている人の考え方を
見ても、まったく同じなのだ。今日、理学や科学がいかに進歩して、モノに
対する知識が豊かになったとしても、この根本の点については変わらない。
結局、道徳の根本に関していうなら、昔の聖人や賢人の説いた道徳という
ものは、科学の進歩によって物事が変化するようには、おそらく変化
しないに違いないと思うのである。
● 理学
「理学博士」「理学部」
2. 物理学のこと。
3. 中国宋代、宇宙の本体とその現象を理気の概念で説いた哲学。
性理学。
● 科学
一定の目的・方法のもとに種々の事象を研究する認識活動。
また、その成果としての体系的知識。
研究対象または研究方法のうえで、自然科学・社会科学・人文科学などに
分類される。一般に、哲学・宗教・芸術などと区別して用いられ、広義には
学・学問と同じ意味に、狭義では自然科学だけをさすことがある。
サイエンス。
● ダーウィン
一八○九〜一八八二 「自然淘汰」や「適者生存」という考え方をもとに
進化論を唱えた生物学者。
● 「二十四孝」
元代の郭居敬(かくきょけい)の原作といわれる、二十四の孝子を取り上げた
教訓書。江戸時代は寺子屋などでも教えられ、落語のネタにもなっている。
● 聖人(しょうにん)
1. 智慧 (ちえ) が広大で、慈悲深い人。
2. 徳の高い僧。また、高僧の尊称。上人 (しょうにん) 。
● 賢人
聖人に次いで徳のある人。また、かしこい人。賢者。
この続きは、次回に。