お問い合せ

現代語訳「論語と算盤」㊲

第6章 人格と修養

 

□ 人格の基準とは何か

 

人は「万物の霊長」—-すべてのなかで、もっとも進化した生き物というのは、

人皆自ら信じているところである。ならば、同じ人と人との間には何らの差も

ないはずなのに、世間多数の人々を見ると、「上を見ても際限がなく、

下を見ても際限がない」と口にしている。

まず人を見て「みな同じようなものだ」というのは一理ある。逆に、

「一人ひとりみな違っている」とするのにまた論拠がある。

したがって人の真理を定めるにも、この両者の論理を研究してふさわしい

決断を下さなければならない。だからとてもむずかしいのだ。

しかし、この基準を立てる前に、いかなる者を人というのかを、まず

定めておこうと思う。

ところが、これもなかなか困難なのだ。人と動物とはどこが違うのかと

いうような問題も、昔は簡単に説明されたかもしれないが、学問の進歩に

従って、そんな単純なことすら次第に複雑な説明を要するに至っている。

 

  —省略—-

 

これは事実かどうかはわからないが、人間と動物との違いは、きわめて

わずかでしかないことは、この話によっても理解できるのである。

頭が一つ、手足が二本ずつあって人間の形をしているからといって、

われわれはそれを直ちに人だと断言することはできない。

人が動物と異なる点は、道徳を身につけ、知恵を磨き、世の中のために

なる貢献ができるという点にある。

これによって初めて真の人だと認められるのだ。一言でこれをまとめれば、

「動物のなかで最も進歩した証としての能力を持つ者だけが、人の進化を

持っている」といいたいのである。従って、人の真価を見極めるための

基準も、この意味において論じたいと思う。

 

 —-省略—

 

この点から、人を評価するむずかしさを知るべきである。その人が何を

実銭しているのかを見、その動機を観察して、その結果が社会や人々の

心にどのような影響を与えたのかを考えないと、人の評価などできないと

思う。

だいたいにおいて、人を評価して優劣を論じることは、世間の人の好む

ところであるが、よくよく真相を見極めるむずかしさは、さまざまな事例

からも窺われるもの。

人の真価というのは、簡単に判定されるべきものではないのだ。本当に

人を評論しようと思うならば、その富や地位、名誉のもととなった「成功か

失敗か」という結果を二の次にし、よくその人が社会のために尽くそうと

した精神と効果とによって、行われるべきものなのだ。

 

● 際限

 

移り変わっていく状態の最後のところ。きり。かぎり。はて。

「際限なく続く話」

 

● 論拠

 

議論のよりどころ。議論・論証の根拠。

「論拠を示す」「論拠に乏しい」

 

□ 二宮尊徳と西郷隆

 

 —-省略致します。—-

 

 

 

 

この続きは、次回に。

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