お問い合せ

現代語訳「論語と算盤」㊳

□ 自分を磨くのは、理屈ではない

 

修養」—自分を磨くことは、どこまで続ければよいのかいうと、これは

際限がない。ただし、この時に気をつけなければならないのは、頭でっか

ちになってしまうことだ。自分を磨くことは理屈ではなく、実際に行う

べきこと。だから、どこまで現実と密接な関係を保って進まなくては

ならない。

わたしは、この「現実と学問との調和」について、ここで特に述べて

おきたいと思う。

理論と現実というものは、お互いに一緒になって成長していかないと、

国家の本当の発展には結びついていかない。どれほど一方が成長しても、

もう一方もこれに伴っていないと、その国は世界の強国のなかで張り合って

いくことができなくなる。現実だけ知っていても充分とは言えないし、

かといって学問の理論だけ身につけていても社会に打って出ることは

できない。この両者がよく調和して一つになるときこそ、国でいえば

文明が開けて発展できるし、人でいえば完全な人格を備えた者となる

のだ。

家康の遺訓の一つとして、よく知られたこんな一節がある。

「人の一生は、重い荷物を背負って、遠い道のりを歩んでいくようなもの、

急いではならない。不自由なのが当たり前だと思っていれば、足りない

ことなどない。心に欲望が芽ばえたなら、自分が苦しんでいた時を思い

出すことだ。耐え忍ぶことこそ、無事に長らえるための基本、怒りは自分に

とって敵だと思わなければならない。勝つことばかり知っていて、うまく

負けることを知らなければ、そのマイナス面はやがて自分の身に及ぶ。

自分を責めて、他人を責めるな。足りない方が、やりすぎよりまだまし

なのだ」

考えてみると、内容自体はみな儒教からとったものであるし、その多くは

『論語』の中の名言からきている。

 

—–省略—-

 

だからこそ、自分を磨こうとする者は、この点をよく心にとめて欲しい。

決して極端に走らず、中庸を失わず、常に穏やかな志を持って進んでいく

ことを、心より希望する。

言葉を換えれば、現代において自分を磨くこととは、現実のなかで努力と

勤勉によって、知恵や道徳を完璧にしていくことなのだ。つまり、精神面の

鍛錬に力を入れつつ、知識や見識を磨きあげていくわけだ。しかもそれは

自分一人のためばかりでなく、一村一町、大は国家の興隆に貢献するもの

ではなくてはならない。

 

● 修養

 

知識を高め、品性を磨き、自己の人格形成につとめること。

「刻苦勉励して修養を積む」「精神を修養する」

 

● 際限

 

移り変わっていく状態の最後のところ。きり。かぎり。はて。

「際限なく続く話」

 

● 中庸

 

1. 中国、戦国時代の思想書。1巻。子思の著と伝えられる。

  「礼記 (らいき) 」中の一編であったが、朱熹 (しゅき) が「中庸章句」を

     作ったことから、四書の一として儒教の根本書となった。

     天人合一の真理を説き、中庸の誠の域に達する修養法を述べる。

2. かたよることなく、常に変わらないこと。過不足がなく調和がとれて

     いること。また、そのさま。

   「中庸を得た意見」「中庸な(の)精神」

3.  アリストテレスの倫理学で、徳の中心になる概念。過大と過小の両極端を

     悪徳とし、徳は正しい中間(中庸)を発見してこれを選ぶことにある

     とした。

 

● 興隆

 

勢いが盛んになること。「民族の興隆を促す」「庶民文化が興隆する」

 

 

 

この続きは、次回に。

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