お問い合せ

現代語訳「論語と算盤」㊹

□ 合理的な経営

 

現代の実業界の傾向を見てみると、ときに悪徳重役のような人物が出て、

株主から託されている資産をまるで自分のもののように心得て、好き勝手に

運用して自分の利益にしようとする者がいる。

そのため会社内部は伏魔殿のようになってしまい、公私のケジメなく秘密の

行動が盛んに行われるようになっていく。これは実業界にとって本当に

嘆き悲しむべき現象ではあるまいか。

もともと商業は、政治と比較すれば、機密など持たなくても経営していける

はずのものであろうと思う。ただし銀行においては、事業の性質として

ある程度は秘密を守らなければならないことがある。

たとえば、誰にどれくらいの貸付があるとか、それに対してどのような

抵当が入っているといったことは、社会道徳のうえから秘密にしておか

なければならないことだろう。また、一般の商売においても、いかに正直を

旨としなければならないとはいえ、この品物はいくらで買取ったもので、

今この値段で売るからこれくらいの利益になる、といったことをわざわざ

世間に公表する必要もあるまい。要するに不当なことさえしなければ、

道徳の上で必ずしも不都合な行為にはならないと思うのだ。しかしこの

ような事例以外で、今あるものをないといい、ないものをあるというような、

単なる嘘をつくのは断じてよくない。正真正銘の商売には、基本的には

機密などといったものはないと見てよいだろう。ところが社会を実際に

見てみると、会社になくてもよいはずの秘密があったり、あってはなら

ないところに私的行為があるのは、どのような理由によるものだろう。

わたしはこれを、「重役にふさわしい人材がいない結果だ」といい切るのに

躊躇しないのである。つまり、このわざわいのもとは、重役に適任がつけば

自然となくなっていくはずのものなのだ。ところが適材を適所に使うと

いうことは、なかなか容易ではない。現在でも重役としての腕前に欠けて

いるのに、その地位についている人が少なくない。

たとえば会社の取締役や監査役といった名前を買いたくて、ひまつぶしの

手段に名前を連ねる「虚栄心のための重役」とでもいうべき輩がいる。

彼らの浅はかな考え方は軽蔑すべきものだが、それ自体たいした欲求では

ないので、それほどの罪悪を重ねる心配はない。

他には、好人物だけれども、その代わりに事業経営の手腕がない者もいる。

そういう人が重役だと、部下の人物の善悪を見分ける能力もなく、帳簿を

読み取る眼力もない。そのために知らず知らずのうちに部下が過ちを重ね、

自分から作った罪でなくても、結果として救うことのできない窮地に陥って

しまうことがある。これは前者に比べるとやや罪は重いが、しかしいずれも

重役としてわざと悪いことをしたのではないのかは明らかだ。

ところがこの二者より、一歩進んで悪に踏み込む者がいる。その会社を

利用して、自分の出世のための踏み台にしようとか、私利私欲のための

手段にしてしまおうと考えて重役になる者だ。これは、まったく許すことの

できない罪悪だ。さらにこういった人間は、こんな手段を使うことがある。

株式相場をつくり上げておかないと都合が悪いといって、実際にはない

利益をあるように見せかけ、虚偽の配当を行う、また、実際には払い込んでは

いない株のお金を払い込んだように見せかけて、株主の目をくらまそうと

する。これらのやり方は明らかに詐欺行為だ。

さらに、彼らの悪事の手段はそれくらいでは終わらない。

その極端な例では、会社の金を流用して投機をやったりとか、個人の事業に

使ってしまったりする。これではもはや窃盗と変わらない。

結局このような悪事は、その職責を担う者が道徳を身につける努力をして

いないために起こる弊害なのだ。もし、その重役が誠心誠意、その事業に

忠実であるならば、そんな間違いは起こしたくても起こせないはずだ。

わたしは常に、事業の経営を任されるにあたっては、その仕事が国家に

必要であって、しかも道理と一致するようにしていきたいと心がけてきた。

たとえば、その事業がどんなに小規模であって、自分の利益が少なくても、

国家に必要な事業を合理的に経営するなら、心は常に楽しんで仕事ができる。

だからわたしは、『論語』を商売するうえでの「バイブル」として、孔子の

教えた道以外には一歩も外に出ないように努力してきた。

それによってわたしは、「一個人の利益になる仕事よりも、多くの人や

社会全体の利益になる仕事をすべきだ」という考え方を、事業を行う

うえでの見識としてきたのだ。そのうえで、多くの人や社会全体の利益に

なるためには、その事業が着実に成長し、繁盛していくよう常に心がけ

なければならない。福沢諭吉さんの言葉に、「書物を著したとしても、

それを多数の人が読むようなものでなければ効率が薄い。

著者は常に自分のことよりも、国家社会を利するという考えで筆をとら

なければならない」といった意味のことがあったと記憶している。

実業界のこともまた、この理(ことわり)に外ならない。

社会に多くの利益を与えるものでなければ、正しくまともな事業とは

いえないのだ。かりに一個人だけが大富豪になっても、社会の多数が

そのために貧困に陥るような事業であったなら、どうだろうか。

いかにその人が豊かになったとしても、その幸福は繋がっていかないでは

ないか。だからこそ、国家多数の豊かさを実現できる方法でなければ

ならないのである。

 

● 伏魔殿

 

1. 魔物のひそんでいる殿堂。

2. 見かけとは裏腹に、かげでは陰謀・悪事などが絶えず企 (たくら) 

    まれている所。「政界の伏魔殿」

 

● 躊躇

 

あれこれ迷って決心できないこと。ためらうこと。

「躊躇なく断る」「行こうか行くまいか躊躇する」

 

● 窮地

 

追い詰められて逃げ場のない苦しい状態や立ち場。

「窮地に陥る」「窮地を脱する」

 

● 私利私欲

 

自分の利益を第一に考え、それを満たそうとする気持ち。

「私利私欲に目がくらんで信用を失う」

 

● 弊害

 

害になること。他に悪い影響を与える物事。害悪。

「弊害を及ぼす」「弊害が伴う」

 

● 著す

 

書物を書いて出版する。著作する。「社史を―・す」

 

● 理(ことわり)

 

1. 物事の筋道。条理。道理。

  「彼の言葉は理にかなっている」「盛者 (じょうしゃ) 必衰の理」

2. わけ。理由。

 

 

 

この続きは、次回に。

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