お問い合せ

現代語訳「論語と算盤」⓷

□ 人材余りになる大きな原因

 

経済の世界には「需要」と「供給」の原則がある。同じように、実社会に

身を投じて活動しようとする人間にも、この原則が適用されるのではない

だろうか。いうまでもなく、社会で行われているビジネスの規模には一定の

限界があって、使えるだけの人材を雇い入れると、それ以上はいらなく

なってしまう。ところが、人材の方は年々たくさんの学校で養成が行わ

れている。このため、いまだ成長の途上にあるわが実業界は、それらの

人々を十分満足させるべく使い切ることができないのだ。

特に、今日の時代は高度な教育を受けた人物の供給が多すぎる傾向が

見受けられる。学生は一般的に、高度な教育を受けて、立派な事業に

従事したいとの希望を持っている。だから、たちまちそこに人が集まり、

供給過剰を生まずにはいられなくなる。学生がこのような希望を抱くのは、

個人としてもちろん祝福すべき心がけだろう。しかしこれを一般社会や、

国家からの立場で見たらどうだろう。わたしには必ずしも喜ぶべき現象と

してとらえられないように思われる。要するに、社会はどこも同じという

わけではない。だから、社会が必要とする人材にはさまざまなタイプが

必要なのだ。

高い地位という観点からいえば、会社には社長になる人物がいるし、低い

地位でいえば雑用係から運転手になる人まで必要になる。人を使う側は

数が少なくなる一方、使われる側には無限の需要がある。これを踏まえて、

人に使われる側の人物になろうと学生が志すならば、需要も多いし、今日の

社会であっても人材が余るということはないのであろうと考える。

ところが今日の学生のほとんどは、その少数しか必要とされない、人を

使う側の人物になりたいと志している。つまり学問をしてきて、高度な

理屈も知っているので、人の下で使われるなんて馬鹿らしいと思うように

なってしまったのだ。

同時に、教育の方針もやや意義を取り違えてしまったところがある。

むやみに詰め込む知識教育でよしとしているから、似たりよったりの人材

ばかり生まれるようになったのだ。しかも精神を磨くことをなおざりに

した結果、人に頭を下げることを学ぶ機会がない、という大きな問題が

生じてしまった。つまり、いたずらに気位ばかり高くなってしまったのだ。

このようであれば、人材が余ってしまう現象もむしろ当然のことではない

だろうか。

いまさら寺子屋時代の教育を例にひいて論ずるわけではないが、人材育成の

点は不完全ながらも昔の方がうまくいっていた。今に比較すれば教育の

方法などはきわめて簡単なもので、教科書もレベルが高いもので四書五経

八大家文くらいがせいぜいだった。ところがそれによって育成された人材は、

けっして似たりよったりではなかったのだ。それはもちろん、教育の方針が

まったく異なっていたからだ。学生はおのおの得意とする所に向かって

進むので、十人十色の人材に育っていった。

たとえば、秀才はどんどん上達してレベルの高い仕事に向かったが、頭の

よくない者は無理な望みを抱かず一般の仕事に携わるといった気風があった。

だから人材を使うのに困るという心配はなかったのだ。

これに対して今日では、教育の方法は素晴らしいのだが、その精神を履き

違えてしまった。そのため学生は自分の才能の有無や、適不適もわきまえ

ずに、「あいつも俺も、同じ人間じゃないか。あいつも同じ教育を受けた

以上、あいつがやれることくらい俺にもできるさ」という自負心を持って、

下積みのような仕事をあえてしようと考える者が少なくなってしまった。

このような気概を持つことは、昔の教育が百人のなかから一人の秀才を

出そうとしたのに対し、今日は九十九人の平均的人材をつくる教育法の、

長所といえなくない。しかしその精神を誤ってしまったので、ついに現在の

ように並以上の人材があり余ってしまうという結果をもたらしたのだ。

しかし同じ教育方針を取っている欧米の先進国の状況を見ると、教育に

よってこのような弊害を生ずることが少ないように思われるのだ。

とくにイギリスはわが日本の教育の現状とは全く違い、常識が十分に育つ

ようにし、人格のある人物をつくることに注意をはらっているように見える。

もちろんこれは、教育について詳しいとはいえないわたしのような人間が

簡単に口出しできる問題ではないのだから、大枠から見ていくと、今日の

ような結果を生んでしまう教育はあまり完全なものではないと思っている。

 

● 需要

 

1. もとめること。いりよう。「人々の需要に応じる」

2. 家計・企業などの経済主体が市場において購入しようとする欲求。

     購買力に裏づけられたものをいう。⇔供給

 

● 供給

 

1. 必要に応じて、物を与えること。「被災者に物資を供給する」

2. 販売のために、商品を市場に出すこと。また、その数量。⇔需要

 

● 四書五経

 

宋代になって儒教を学ぶ重要な経典と位置付けらけた『大学』『中庸』

『論語』『孟子』の四書と、『易経』『書経』『詩経』『礼記』『春秋』の

五経のこと。

中国の最も代表的な儒教の経典をさす。聖人や賢人の教義や実践が記されて

いる。また、学問すべてをさしていうこともある。

 

「注記」

 

「四書」は、大学だいがく・中庸ちゅうよう・論語ろんご・孟子もうしの

四つ。「五経」は、易経えききょう・書経しょきょう・詩経しきょう・

礼記らいき・春秋しゅんじゅうの五つ。

五経は、時代により異なる場合もある。

江戸時代の寺子屋で教科書として使われた。

 

● 八大家文

 

唐から宋代に活躍した八人の大家の文章を編んだもの。

唐の韓愈、柳宗元、宗の欧陽脩、蘇洵、蘇軾、蘇轍、曾鞏、王安石。

 

 

 

 

この続きは、次回に。

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