現代語訳「論語と算盤」「渋沢栄一小伝」②
□ 高崎城乗っ取り計画
栄一が大人へと成長していくのと軌を一にして、米ペリー艦艇の来航
(一八五二)や日米和親条約締結(一八五三)、尊王攘夷論の勃発、桜田門外の
変(一八六○)と、日本には大きな変化の波が押し寄せていた。
栄一の周囲でも、学問の師である尾高新五郎を中心に、その弟・長七郎や、
栄一の従兄にあたる渋沢喜作、そして近隣の有志などが集まり、当時の
政府情勢について激論を交わしていた。新五郎の学問は「尊王攘夷」を
唱える水戸学の影響下にあったため、そこに集まる人々も同じ思想傾向を
見せていた。栄一も、二ヵ月余りだが江戸に遊学し、志士たちと交際を
重ねたこともある。
やがて若き血気にはやった彼らは、恐るべき計画を立案する。
それが高崎城の乗っ取りと、横浜の焼き討ちだった。
まず彼らは、高崎城を乗っ取ってそこの武器を奪い取ることを目指した。
そのうえで横浜を焼き払い、外国人を手当たり次第に切り殺して、多くの
志士たちの蜂起を促し、幕府打倒を企てようとしたのだ。
彼らは槍や刀などを着々と買い集め、文久三(一八六三)年十月二十九日、
決行のために集結した。ところが間際になって、計画の中止を唱える人物が
あらわれる。それが仲間のうちでも急進派と思われていた長七郎だった。
彼は訳あって京都に滞在していたため、最新の国内情勢に詳しかった。
今ここで高崎城の乗っ取りや、横浜焼き討ちを試みても成功の見込みは
なく、百姓一揆に間違われて犬死にするだけだと熱心に説いたのだ。
主戦派だった栄一は、長七郎と激論を交わすが、結局、実際の状況を知る
長七郎の説の方が優勢となり、計画は中止となった。
栄一はその長い人生を通じて、この時と同じようなむずかしい選択を
迫られることが度々あった。
そしてその都度、たとえ最初は激情にかられたとしても、結果として
必ず最善の道を岐路から選びとっていった。
この点に関して、渋沢史料館館長の井上潤氏は、栄一の「情報収集能力」が
大きくかかわっている点を指摘している。つまり、自分の意見とは相反する
情報まで徹底して集めて、冷静にそれを使いこなしたので、広い視野を
もとにした絶妙のバランス感覚が発揮できた、というのだ。
これが四回もの脱皮を繰り返しながら飛翔していった栄一の秘密であった。
しかし、高崎城の乗っ取りを中止したとはいえ、不穏な動きを探っている
幕府側に、目をつけられる可能性もあった。そこで首謀者たちは念のため
身を隠すことにし、栄一と喜作もかねてから面識のあった一橋家の用人・
平岡円四郎を頼って京都に向かった。円四郎は当時、「天下の権力は、
朝廷にあるはずなのに幕府にある。幕府にあるはずなのに一橋家にある。
一橋家にあるはずなのに平岡にある」と評されたほどの実力者であり、
栄一や喜作のような見所のある志士とも交流を持つような度量のある
人物だった。
栄一と喜作は、京都に逃れたものの、志士たちとの交際など派手な金遣いが
たたって、すぐに生活が窮乏してしまう。しかも郷里から、二人のものに
意外な知らせが届いた。同志だった長七郎が、一時的に精神の変調をきたし、
往来の飛脚を切り殺して捕縛されてしまったというのだ。
取り調べ中に、高崎城乗っ取り計画の件が漏洩する恐れもあり、栄一と
喜作は、うかつに郷里へもどれなくなった。すると絶好のタイミングで、
平岡円四郎が仕官の誘いをかけてくる。
「このさい、お前たちは志を変えて信念を曲げ、一橋の家来になったら
どうか。お前たちも聞いていると思うが、一橋の慶喜公は傑出した君主で、
たとえ幕府が悪いといっても、一橋家は少し違うところもあるぞ」
ここでも栄一は、大局的な観点から判断して、「尊王攘夷」にこだわる
喜作を説き伏せたうえで、円四郎の申し出を受け入れた。
このとき武士の身分となった栄一は、名もそれらしく篤太夫(とくだゆう)と
改名し(後に栄一にもどす)、仕官するさいには慶喜に拝謁して、時勢に
対する意見まで申し述べている。以後、慶喜と栄一は、終世にわたる厚い
信頼関係を結んでいった。
こうして一橋家の家臣となった栄一は、兵備充実や産業奨励などに大きな
実績を上げていくのだが、しかしその途中で、残念なことに頼りとする
円四郎が水戸藩士の手によって暗殺されてしまう。
しかも一八六六年には、十四代将軍家茂の死去により、徳川慶喜が十五代に
推挙される事態となった。栄一は、慶喜のように英邁な人間は側面から
幕府を支えるべきで、将軍になるべきではないと考えていた。
しかしその進言がかなわぬうちに、慶喜は十五代将軍に就任してしまう。
栄一は失望のあまり、辞職を考え始めた。
そのとき、天恵のように彼にめぐってきたのがフランス渡航の話だった。
● 勃発
事件などが突然に起こること。「内乱が勃発する」
● 蜂起(ほうき)
ハチが巣から一斉に飛びたつように、大勢が一時に暴動・反乱などの
行動を起こすこと。「悪政に抗して人民が蜂起する」「武装蜂起」
● 激情
はげしくわき起こる感情。「一時の激情に駆られる」
● 岐路
1. 道が分かれる所。分かれ道。
2. 将来が決まるような重大な場面。「人生の岐路に立つ」
3. 本筋ではなく、わきにそれた道。
「余が頗 (すこぶ) る学問の―に走るを知りて」〈鴎外・舞姫〉
● 飛翔
空高く飛びめぐること。「大空を飛翔する」
● 不穏(ふおん)
おだやかでないこと。状況が不安定で危機や危険をはらんでいること。
また、そのさま。「不穏な空気が漂う」「政情不穏」
● 用人(ようにん)
1. 江戸時代、幕府・大名・旗本家にあって、金銭の出納や雑事などの
家政をつかさどった者。将軍家では側用人 (そばようにん) といった。
2. 役に立つ人。働きのある有用な人。
「是 (これ) に過ぎたる御―あるべからず」〈太平記・三三〉
● 度量
1. 物差しと枡 (ます) 。転じて、長さと容積。
2. 他人の言行をよく受けいれる、広くおおらかな心。「度量が広い」
● 窮乏(きゅうぼう)
金銭や物品が著しく不足して苦しむこと。「生活が窮乏する」
● 飛脚
手紙・金銭・小荷物などの送達にあたった者。古代の駅馬に始まり、
鎌倉時代には鎌倉・京都間に伝馬による飛脚があったが、江戸時代に
特に発達。幕府公用のための継ぎ飛脚、諸藩専用の大名飛脚、民間
営業の町飛脚などがあった。
明治4年(1871)郵便制度の成立により廃止。
● 捕縛(ほばく)
とらえてしばること。「犯人を捕縛する」
● 傑出(けっしゅつ)
多くのものの中でずばぬけてすぐれていること。「傑出した作品」
● 拝謁
身分の高い人に面会することをへりくだっていう語。「国王に拝謁する」
● 終世(しゅうせい)
生命の終わるまでの間。一生。副詞的にも用いる。
「―の友」「―忘れない」
● 兵備(へいび)
戦争のために兵員・兵器などを備えておくこと。軍備。
● 英邁(えいまい)
特別に才知がすぐれていること。また、そのさま。「英邁な君主」
● 天恵(てんけい)
天が人に与える恵み。天恩。「豊かな天恵をこうむる」
この続きは、次回に。