田中角栄「上司の心得」㉓
「大学出はダメだな。度胸がない」
また、この正常化交渉では、こんなこともあった。
田中が北京・中南海の毛沢東邸を訪問したあとの周恩来首相による招宴で、
田中のスピーチに中国側が硬化したことがあった。田中を「中国国民に
多大の迷惑をおかけした—–」と口にしたのだが、わが外務省の通訳が
これを、中国側とすればたまたま通りかかった女性のスカートに水を
かけてしまった場合に詫びる程度の中国語訳をしたことで、一時、中国側が
硬化してしまったのである。この件は、最終的に日本側の事情説明で
中国側も了解したのだが、のちにこの正常化交渉を同行取材した政治部
記者はこう述懐していた。
「この交渉で印象に残ったのは、田中の度胸のよさと、『応酬話法』の
巧みさだった。高島局長に退去令が出たり、〝女性のスカートに水〟の
通訳問題があったりで、随行の外務省幹部らは意気消沈していた。
マオタイ酒どころか、食事もろくにのどを通らない状態だった。
ところが、田中は彼らに向かって、こう言っていましたよ。
『くよくよせんで、一杯やったらどうだ。しょうがないな。だから、
大学出はダメだと言うんだ』と。外務官僚たちは、『中国側とのやり取りの
見事さとともに、角さんのクソ度胸は凄い』と、感心しきりだった」
先に挙げた「日米繊維交渉」時の通産官僚たちの〝絶賛〟ぶりに、外務
官僚もまた同じだったということである。
田中がその交渉能力の高さも手伝い、建設省に始まり、郵政、大蔵、
通産などの各省を次々に〝掌中〟にしていった中で、それまで距離の
あった外務省まで、田中シンパと化して行ったということだった。
交渉上手の上司に対し、部下はより高いリーダーシップとしての評価を
与えるものだということを知っておきたい。
● 招宴
宴会に招くこと。また、人を招待して催す宴会。「招宴にあずかる」
● 述懐
1. 思いをのべること。「心境を述懐する」
2. 過去の出来事や思い出などをのべること。「事件当時のようすを述懐する」
3. 恨み言をのべること。愚痴や不平を言うこと。
「女どもも花見にやらぬと申して―致す程に」〈虎明狂・猿座頭〉
● 意気消沈
元気をなくすこと。しょげかえること。
▽「消沈」は気力などが衰えること。「消」は「銷」とも書く。
● マオタイ酒(茅台酒)
白酒(パイチュウ)と呼ばれる中国の蒸留酒の一種で、その代表的なもの。
中国西南部の貴州省茅台に産する。中国を代表する酒として政府の
公式行事の饗宴などでよく用いられる。
● 絶賛
口をきわめてほめること。この上ない称賛。「絶賛を博す」
● 掌中
1. てのひらの中。
2. 自分のものとして自由にできる範囲内。また、その中にあること。
手中。「実権を掌中に収める」
● リーダーシップ
リーダーシップ(leadership)とは、明確なビジョンと目標を示し、フォロ
ワーのパフォーマンスを最大化させることによって目標達成を実現する
能力です。リーダーシップは才能や素質といった類のものではなく、誰もが
努力によって身に付けられます。2019/08/28
この続きは、次回に。