田中角栄「上司の心得」㉜
・「角栄節」が教えるスピーチ説得術の5カ条
田中角栄の伝説的な名演説、名スピーチぶりは「角栄節」としてよく
知られている。筆者は、田中が元気だった頃、こうした演説、スピーチの
類いを各地各所で、じつに100回以上も取材している。
例えば、そうした「角栄節」の一つに、昭和54(1979)年9月17日の、
次のような新潟県長岡市でのそれがある。時に、ロッキード事件での
逮捕から3年後の、総選挙出陣式であった。折から演説会場は超満員で、
窓外には田中が推進した上越新幹線工事中の風景があったものである。
話は随所に笑いを誘い、一方で先にも触れた「数字と歴史」などがふん
だんに盛り込まれ、これらが聴衆への強力な説得力になっていたもの
だった。
「(中略)あの新幹線のコンクリートの芸術品、あれ、いまキロ当たり40億円、
始めた頃は20億円だったんです。ところが、私がしたことでないのに
(ロッキード事件で)ガタガタしているうちに工事が遅れ、工事費6500億円は
いま1兆3850億円だ。この負担は子どもの代、孫の代までかかりますよ。
そうでしょ、皆さんッ。政策を決めたら、待ったなしに行なわれなければ
ならんのであります!
まァねェ、人の顔を逆なでするようなことは言わんほうがいいですよ!
戦争はいまにも起こる、自民党はけしからん。そんなことをいつまでも
言っているようではダメだ。そりゃあ、不平はある。
しかし、(長岡-東京間の新幹線が通ると)口では反対と言っても、1時間
15分で来るとなると、いっぺんは乗ってみる。そうすると、皆、ナルホドと
思うんです(拍手)
私はねェ、いま年間300人大学卒業者の(就職の)の面倒をみております。
ところが、この5年くらいで、いい職場なら(郷里に)帰ってもいいという者が
増えている。まァ、5年も経てばシャケも戻ってくるわねェ。
命を賭けてヨメにいっても、戻ってくるじゃないですか(大爆笑)。
そういうもんなんですッ。私はまた、この新潟の山河を、もう一度この
選挙で見てみるつもりであります!(「バンザイ」の声、しばし鳴りやまず)」
一方、長く田中の秘書を務めていた早坂茂三は、もとより何度もこうした
田中の演説、スピーチ、あるいは田中派議員など政治家個々との話し合いの
場にも、多く同席していた。そうした中で、早坂はある田中派若手議員を
前に田中が叱咤した、次のような言葉が印象的だったと言っていたもので
ある。
「おまえは大層な話をするが、聞いているとどうも心を打つものがない。
自分の主張ばかりで、相手の気持ちが眼中にない。
一言で言えば、浮ついている。心が入っていないということだ。
そんなことで、選挙でおまえの話を誰が真面目に聞くか。
もっと頭を使ったらどうだ。演説、こうした会話や交渉事もすべて、
心を込めて誠心誠意、全力投球で相手と向き合うことだ。説得力に、
それ以上のものはない」
● 眼中にない
まったく気にかけていない。
「眼中」は、見える範囲、関心のある範囲の意味。2017/12/08
この続きは、次回に。