田中角栄「上司の心得」㊲
● 「只見川騒動」で見せつけた“一石五鳥”発想の凄み
部下が行き詰まったとき、「発想の転換」を伝授してやれないようでは、
上司としていかにも物足りない。田中角栄の場合は、それによって単に
道を切り拓いてやるということだけではなく、それに付随するさらに
いくつかの、知恵、利益をも供与してやるのだから、賛辞はいやがうえ
にも高まったということである。
只見川。福島県と群馬県の県境にある尾瀬沼に水源としてまず新潟県に
流れ、さらに福島県に蛇行したあと、再び新潟県側に戻って阿賀野川と
なり、日本海に注ぐ。
作家・三島由紀夫の「沈める滝」にもモチーフとして登場する。紅葉時には
見事な渓谷美を見せてくれる、名川の一つである。
ここで、戦後間もなく、とんだ騒動が持ち上がった。
時に、わが国の石炭資源の先行きが憂慮されはじめ、推定包蔵水力150万
キロワットと言われたこの只見川上流のダム開発が国家事業化されたの
だった。投下されたカネは、決着を得るまでじつに1000億円という当時から
するとべらぼうなものであった。騒動とは、一言で言えばこの新潟県と
福島県との〝利権争い〟を指すのである。
この1000億円に及ぶ利権誘導合戦での、新潟県側の先兵がまだ30代半ばの
陣笠代議士の田中角栄であった。田中を先兵とする新潟県と、これと
張り合う福島県側は、「調整」と称して供応と連日の料亭での宴会に
明け暮れたものであった。ために、只見川転じて、「タダ呑み川」とも
言われたのだった。
結局、この騒動は二転三転、スッタモンダを繰り広げたあと、足かけ
7年の昭和29(1953)年、政府による最終妥協案により、一部を新潟県側に
分流するという形で決着をみた。ただ、この新潟県側への分流量は只見川の
年間流量13億8000万トンのわずか5.6%でしかなく、当初、新潟県が要求
した分流量が75%であったことからすると、新潟県は形としては完敗で
あった。
● 供与
相手が欲する物品・利益などを与えること。
「武器の供与」「便宜を供与する」
● 賛辞
ほめたたえる言葉。ほめ言葉。「賛辞を呈する」
● 憂慮
心配すること。思いわずらうこと。
「憂慮に堪えない」「事態を憂慮する」
● 利権
利益を得る権利。特に、業者が政治家や役人と結託して獲得する権益。
「利権がからむ」
この続きは、次回に。