田中角栄「上司の心得」2-⑪
● 橋本龍太郎を泣かせた一通の手紙
田中角栄の人を判断する目、その炯眼ぶりはよく知られている。
佐藤(栄作)派時代から自らの田中派時代を通じて、若手でとくに将来性を
買っていたのは小沢一郎と橋本龍太郎の二人であった。
小沢に対しては、事態をドカンと一刀両断で解決する「ナタ」の魅力と
評価、一方の橋本は若手では稀な鋭い政策分析能力を持つことから、
「カミソリ」の魅力と認めていた。
その橋本は、初当選後、佐藤派入りして保利茂(自民党幹事長、官房長官
などを歴任)に指導を受けていたが、昭和41(1969)年12月の自らの3回目の
総選挙を機に田中に心酔、以後、田中への傾斜を強めていったのだった。
これには、次のような経緯があった。
橋本は初陣で、中選挙区時代の<岡山2区>で堂々2位当選を果たしたが、
2回目の選挙で大きく票を減らし、定数5の4位当選と勢いを落としていた。
一方で、2回目の当選後は〝デキる若手〟として重用され、時に与野党
対決の健康保険法案を抱える衆院の社会労働委員会と文教委員会に所属し、
理事も務めた。また、自民党では党政調の文教部会の副部会長として、
やはり与野党対決法案となっていた「大学立法」の成案へ向けて、寝食を
忘れて対応していたのだった。ために、橋本としては3回目の衆院選と
なるその選挙風が吹いても、忙しくて選挙区に帰る時間がなく、地元後援会
からは「今日は極めて厳しい情勢」との情報が入っていたのだった。
ここで、橋本は時の幹事長の田中に、選挙区に入っての応援を直訴した
のだった。しかし、ここで、田中の言葉は冷たかった。
「君、分かるだろう。幹事長は全国を相手にしている。君のところに行って
いる余裕はないのだ」
これを聞いた向こうっ気の強さで知られていた橋本は、「それなら結構
です」と席を蹴るようにして、党本部の幹事長室をでたのだった。
その後、何とか時間を捻出し、ようやく選挙区のある岡山行きの新幹線に
飛び乗ることができた。
● 炯眼(けいがん)
1. 鋭く光る目。鋭い目つき。「―人を射る」
2. 物事をはっきりと見抜く力。鋭い眼力。慧眼 (けいがん) 。
「―をもって鳴る批評家」
● 事態
物事の状態、成り行き。「容易ならない―を収拾する」「緊急―」
● 一刀両断
一太刀で真っ二つにたたき切る意から、物事をためらわずに、
思い切って決断・処理することのたとえ。
● 心酔
1. ある物事に心を奪われ、夢中になること。
「バロック音楽に心酔する」
2. ある人を心から慕い、尊敬すること。「トルストイに心酔する」
● 傾斜
気持ちや考え方がある方向に偏っていくこと。
「自然主義への傾斜を深める」
● 重用(じゅうよう)
人を重要な職務や地位につかせて用いること。ちょうよう。
● 重用(ちょうよう)
その人を重んじて、重要な役に用いること。じゅうよう。
「若手を重用する」
● 寝食を忘れる
物事に熱中して、寝ることも食べることも忘れる。
物事を熱心にするさまにいう語。
● 直訴
1. 一定の手続きを経ないで、直接に君主・将軍・天皇などに訴え出る
こと。直願。越訴 (おっそ) 。「領主に窮状を直訴する」
2. (比喩的に)直属の上役ではなく、その上の立場の人に直接訴え出る
こと。「社長に直訴する」
● 捻出
1. 知恵をしぼって考え出すこと。「新しいアイデアを―する」
2. やりくりして、金銭・時間などをつくること。
「旅費を―する」「時間を―して後輩に会う」
この続きは、次回に。