田中角栄「上司の心得」2-⑯
農林族の大ボスいわく「アイツは伸びる」
結果、この「詫び状」はウルサ型で鳴っていた重政をいたく感心させ、
以後、田中と胸襟を開き合う間柄になったのだった。
それからしばらくして、重政は田中のことを、親しい「農林族」の議員に
こう言った。「アイツを軽く見ていた。オレの長い人生で、あんな丁寧な
〝詫び状〟をもらったのは初めてだった。アイツは伸びるな」
こうした「詫び状」からは、田中の粘着質でない性格を示す一方で、物事の
けじめぶりと、相手に対する細心にして大胆な目配りの確かさがのぞける。
筆者はかつて、名うての老博徒だった人物から、「バクチの要諦は、二つ
しかない。細心にして大胆であること。一方、大胆にして細心であること。
これに尽きる」と聞かされたことがある。
先にも、田中角栄でさえ一目置いた「大乱世の梶山」と言われた自民党
元幹事長・梶山静六の、〝細心にして大胆〟に徹した政治手法については
触れたが、田中もまた、〝細心にして大胆〟な目配りで定評があったと
いうことである。
なるほど、その後の田中は、重政が折り紙をつけたように、大蔵大臣、
幹事長と実力者の階段を一気に駆け上がっていったものだった。
また、その幹事長時代には池田正之助という代議士と〝一戦〟を交えた
こともあった。池田は「毒舌のイケショウ」の異名を取り、田中の前で
「いまの執行部はなっちゃねェ」と毒づいたのが発端で、田中より20歳
年上の池田は田中を「小僧ッ」と呼び、田中もまた「なんだジジイッ」と
つかみ合い寸前までいったのだった。
翌日早朝、田中は東京・新宿区内の池田邸へ赴いた。
「先輩に対し、昨日は、大変、失礼を致しました。」詫びを入れると、
先の重政同様、池田は「アイツは若いが、なかなかの男だ」と周囲に
漏らすことが多かったのだった。
結局は、田中の〝素直さ〟の勝利だったのである。
最近は、相手とのいさかいなどの詫び言も、メールで済ます者も少なく
ないらしい。そんな安直なやり方で、誰が真に怒りを収めることができる
かである。
ここは下手でもいい、直筆の手紙一通ぐらいは出してみたいものである。
前項で「気に入らない人物」とも全力で向き合う〝勇気〟を持てと触れた
ように、素直、素直な性格もまた、「心理戦争」勝者の必須条件である
ことを改めて自覚したい。
● 胸襟を開く
思っていることをすっかり打ち明ける。「―・いて語り合う」
● 粘着質
ねばり強く、感情的な動きが少なく、保守的で、時に爆発的な感情放出を
行う気質。
この続きは、次回に。