お問い合せ

田中角栄「上司の心得」2-⑱

「許してくれるか。よかった。すぐ会いたいな」

 

ここから先は、田村が後日、「田村グループ」中堅議員に打ち明けた

話である。その議員は言った。

「タムゲンさんが誰からの電話かいぶかっていると、声の主は『ワシだ、

角栄だ』と言ったそうです。

マッチ箱の一件があったことで、タムゲンさんが一瞬とまどっていると、

角さんは言ったそうだ。『昼間のことは許してくれ。いま家だ。一人で

飲んでいるのだが、寂しくてかなわん。会いたい。君、いまから飲みに

来てくれんか』と。

さしものタムゲンさんも角さんが言うんじゃしょうがない、でタクシーを

とばした。

田中邸母屋の一階応接間で、二人は昼間のお互いの無礼を改めて詫び合い、

角さんはオールドパーの水割り、タムゲンさんは日本酒の冷やをコップ

酒で、深夜の二人だけの〝酒宴〟をやったそうです。

角さんは何度も、『よかった』と言い、そのたびにタムゲンさんの手を

握ったそうです。タムゲンさんは、しみじみ『角さんは素直な人だ。

やっぱり人に好かれるのが分かるよ』と言っていた」

「マッチ箱事件」は、やがて永田町に知れ渡ることになった。

こうした〝和解〟の経緯を知らぬ関係者の間から、田村の田中派脱藩説が

流れた。派閥横断ながら数人の田中派議員の入っている「田村グループ」が

いざ脱藩となれば、田中の派内での求心力はもとより、自民党内での

地盤沈下も必至であった。

田中はこの翌年2月に病に倒れ、事実上、政治生命を失うことになるが、

倒れたあとの田村の改めての述懐が残っている。

「角さんの凄いところの一つは、あれだけ権力を持っていても、悪い

ところは悪いと素直になれるところだった。どんな議員に対しても、

失礼があったり、相手が自分の接し方で傷ついたりしているのを知ると、

まるでいたずらっ子のように、『ごめん』とやれることだった。

強い人だっただけに、そうした素直さには誰もが参ってしまったものだ」

人の素直さに、うしろ指を差す人はいない。前出の「詫び状」の項ともども、

上司は部下に素直に接することで、支持の輪が広がることを心したい。

「負け」を素直に受け止め、そこから這い上がってくる男には色気がある。

色気は、人を呼び込む少なからずの要因となる。

 

● 酒宴

 

人々が集まり酒を酌み交わして楽しむ会。酒盛り。宴会。

「送別の酒宴を張る」

 

● 脱藩

 

江戸時代、武士が藩籍を抜けて浪人になること。

 

● 求心力

 

他人を引きつけ、その人を中心にやっていこうとさせる力。

「首相の求心力が低下する」

 

● 地盤沈下

 

1. 地表面が沈下する現象。地殻運動や堆積物 (たいせきぶつ) の収縮に

   よる自然沈下のほか、地下水の過剰揚水による地層の収縮から起こる

   ものがある。

2. (比喩的に)上向きであった勢いが衰えること。また、保持していた

     勢力が低下すること。「繊維業界の地盤沈下が目立つ」

    「国際社会での地盤沈下が懸念される」

 

● 述懐(じゅっかい)

 

1. 思いをのべること。「心境を述懐する」

2.  過去の出来事や思い出などをのべること。

   「事件当時のようすを述懐する」

3. 恨み言をのべること。愚痴や不平を言うこと。

 

● うしろ指を差す

 

陰で悪口をいう。

 

 

この続きは、次回に。

 

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