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P・F・ドラッカー「創造する経営者」㊿-41

(3) 人材の最大利用—ロスチャイルド家の成長

 

第三のアプローチは人材の最大利用である。このアプローチについては

ロスチャイド家の例が最も教訓的である。

ロスチャイルド家の発展は、当然のことではなかった。一七九○年代の

後半、ロスチャイルド家の基盤を築いたマイヤー・アムシェル・ロート

シルトは、地方小都市の一介の金融業者であって、国際金融の中心地では

名も知られていなかった。しかしそのわずか二○年後、ナポレオン戦争が

終わる頃には、ロスチャイルド家は、ヨーロッパ随一の金融機関となり、

フランス、ロシアなどの大国と肩を並べ、群小の君主を見下すほどの

地位を得ている。

短期間にロスチャイルド家を成功に導いたのは、同家の最大の資源すな

わちその人的資源の最大利用にあった。ロスチャイルド家では四人の子供、

ネイサン、ヤーコプ、アムシェル、サロモンが最大の資源だった。

彼らの父親あるいは母親が、この四人のそれぞれに対し、それぞれの才能や

性格に最も適した機会、すなわちそれぞれが最大の貢献を行える機会を

与えた。

四人のうち、ネイサンは最も有能で、大胆かつ創造力に富んでいた。

しかし彼は、無骨で横柄に見えるところがあった。

彼はロンドンに行かせた。当時ロンドンは、作法などまるで意に介さない

攻撃的な金融家たちによって連日熾烈な戦いが行われている、世界最大の

競争的な金融中心地だった。

ヤーコプはパリに行かされた。パリは、当時すでにヨーロッパ大陸最大の

資本市場だった。しかも最も策略に満ちたところだった。バルザックの

小説に描かれた金融界の謀略は本当の話だった。いたるところに競争相手や

政府のスパイがいた。本来金融は政治的な事業だった。

しかも、当時のパリでは、社会的、経済的な変動が風土となっていた。

革命、テロ、ナポレオン、王政復古と続いていた。

ロスチャイルド家よりもはるかに強大な金融の巨人が破滅していった。

そのようなパリこそ適所だった。彼は、パリ以外のどこにも合うはずの

ない人間だった。策に長けた政治的な戦略家だった。

サロモンはウィーンに行かされた。彼は礼儀正しく、尊大なまでに威厳が

あり、かつ忍耐強かった。ウィーンでの金融とはハプスブルク家との取引を

意味した。彼の唯一の得意先が遅疑逡巡、優柔不断、儀礼と自尊のハプ

スブルク家だった。

そして、勤勉で誠実なアムシェルには、ロスチャイルド家の総支配人と

して、ロスチャイルド家にとっての本拠地フランクフルトが割り当てられた。

アムシェルはもともと金融の管理的な分野を好んでいた。彼は、兄弟たちに

自筆の手紙で情報を提供した。彼が築き上げた膨大な情報網は、ロスチャイ

ルド家に対し、新聞や郵便や電信のない時代において、世界情勢についての

信頼度の高い情報を独占的に与えた。

だが彼の最大の貢献は人事の分野においてだった。

彼の訓練したドイツ系ユダヤ人の子弟は、やがてロスチャイルド家の腹心の

書記、支配人として事業の基盤となった。

しかし、ロスチャイルド家が使わなかった人材のほうがさらに参考になる。

第五子のカルマンには、いかなる経済活動の機会も与えられなかった。

彼は、いかなる事業も関係のないナポリの貴族、すなわちロスチャイ

ルド家やその財産に対しいかなる損害ももたらしえないところへ送られた。

もしカルマンに機会を与えるつもりなら、いくらでもあったはずである。

ハンブルクやアルステルダムにはロスチャイルド家の者を置くだけの

価値があった。大西洋の向こう側には成長しつつあるアメリカがあった。

しかしロスチャイルド家の基準からは、カルマンには必要とされる能力も

勤勉さもなかった。

人材の最大利用というアプローチにおいては、最も重要な原則は人材なら

ざるもの、すなわち凡庸なる者に機会を任せてはならないということで

ある。そもそも凡庸な者には機会を利用することはできない。

しかも機会にはリスクがつきものである。凡庸な者に機会を任せるよりは

害をもたらさないように貴族として扶養したほうが安上がりである。

 

● 群小

 

たくさんの小さいもの。また、多くの取るに足らないことやもの。

「―国家」

 

● 無骨

 

1. 洗練されていないこと。無作法なこと。また、そのさま。

  「―な振る舞い」

2. 役に立たないこと。才のないこと。また、そのさま。

  「我―なりといへども…君王の死を救ひ」〈曽我・五〉

 

● 横柄

 

いばって、人を無視した態度をとること。無礼、無遠慮なこと。

また、そのさま。大柄 (おおへい) 。

「若いくせに―な態度をとる」「―に振る舞う」

 

● 尊大

 

いばって、他人を見下げるような態度をとること。また、そのさま。

高慢。横柄。「―な口のきき方」

 

● 遅疑逡巡(ちぎしゅんじゅん)

 

疑い迷い、ためらい迷ってすぐに決定を下さないこと

「遅疑」は、ためらうこと。 「逡巡」は、ためらって前に進まないこと。

 

● 優柔不断

 

ぐずぐずして、物事の決断がにぶいこと。また、そのさま。

▽「優柔」はぐずぐずしているさま。

 

● 儀礼

 

1. 慣習によってその形式が整えられている礼法。礼式。

2. 一定の形式にのっとって行われる宗教上の行為。「通過―」

 

● 自尊

 

1. 自分で自分をすぐれたものと思いこむこと。うぬぼれること。「―自大」

2. 自分を大切にし品位を傷つけないようにすること。「独立―の精神」

 

● 凡庸

 

平凡でとりえのないこと。また、その人や、そのさま。

「―な(の)人物」

 

この続きは、次回に。

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