お問い合せ

続「道をひらく」松下幸之助 ⑫

○ 彌生(やよい)

 

・春がきた

 

春がきた。夏がきて秋がきて、冬がきてまた春がきた。同じことの

くりかえしのようにも見えるけれど、樹々は一まわり大きくなった。

それぞれに、それだけ生長している。決して同じではない、くりかえ

しではない。

山にのぼる道が、ぐるりぐるりと山をまわっている。東に行ったら

西に行って、また同じ東の景が見えてきて、同じところをぐるぐる

まわっているように思えるけれど、ぐるりとまわったら、一段も二段

も高くなっている。決して同じ道のくりかえしではない。

毎日が同じことのくりかえしのように思えることがある。しかし、

きのうよりはきょうの方が、それだけの体験を深め、それだけ賢く

なっているのである。人生には、日とともに高まりはあっても、くり

かえしはない。

世界の動きが、また同じ歴史のくりかえしのように見えることがある。

しかし決してくりかえしではない。さまざまの歴史の体験を経て、

人類は一段一段、賢くなっているのである。

くりかえしと思ったとき、進歩への道をみずから閉ざす。くりかえし

ではないのである。

 

・春雷

 

空が暗くなる。風が吹く。枯葉が舞い、土ぼこりが上がる。何となく

不安な心で見上げる空に閃光一せん。思わず歩みをとめ、眼を閉じ、

耳をふさぐ。

安心するがいい。春雷なのである。新たな春を告げる大自然のとどろ

きなのである。この冬の耐えぬいた寒さは、もう一息。もう一息で水

ぬるむ暖かさを迎える。その前ぶれなのである。そしてこれが自然の

理であると気づいたとき、人びとはおどろきのなかにも、いそいそと

した思いに立つ。

ながい人生。いろんな不安がある。いろんなおどろきがある。閃光一

せん、眼のくらむ思いにおろおろするときもある。不安とおどろきに

足がすくむときもある。

しかし、安心するがいい。おろおろしなくてもいい。あなたにとらわ

れの心がないかぎり、あなたが素直な心でいるかぎり、そして自然の

理を見失わないかぎり、そのおどろきも不安も、あなたが耐えに耐え

ぬいた末の新たな春を告げる前ぶれなのである。いそいそとした思い

であってよいのである。

日本の国にも、いま春雷が遠く近くとどろいているのであろうか。

 

● 閃光

 

 瞬間的に発する光。「雷鳴とともに―が走る」

 

● 一閃

 

かり光ること。さっとひらめくこと。また、そのひらめき。

ものの動きのきわめてすばやいさまにもいう。

 

 

この続きは、次回に。

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