Think clearly シンク・クリアリー ㊵
40. 相手の立場になってみよう—「役割交換」することのメリット
□ 「プログラマー」と「顧客サービス担当者」の対立
何年も前のことだが、ソフトウェア会社「オプスウェア」の創業者であり、現在では
ベンチャーキャピタリストとして活躍するベン・ホロウィッツが、会社の経営に関して
問題に直面したことがあった。彼が経営している会社の、優秀なはずの部署同士(顧客
サービス部門とプログラマー部門)が対立したのだ。
プログラマーは、顧客サービス担当者の顧客対応が迅速でないと非難し、そのために
売り上げが落ちていると主張した。
一方、顧客サービス担当者は、プログラマーが書くコードに欠陥があるのに改善策が
示されないと、プログラマー部門を避難した。
このふたつの部署が緊密に連携をとり合って働くのは、業務上必要だった。
だが、どちらの部署も、「自分たちは優秀な人材をそろえていて、なおかつ最善を尽く
している」と言って譲らなかった。両方の部署に「相手の立場になって考えてみたら
どうか」と提案しても、ほとんど効果はなかった。
そこで、ホロウィップは一計を案じた。顧客サービスの責任者をプログラマー部門の
責任者にし、プログラマー部門の責任者を顧客サービス部門の責任者にしたのだ。
それも暫定措置としてではなく、正式な人事異動として!
どちらの責任者も最初は唖然としていたが、それでも、立場を交換して一週間も経たな
いうちに、二人とも問題の本質を理解できるようになった。
その後数週間で、顧客サービス部門とプログラマー部門は仕事の手順をお互いに合わせ、
それ以降、社内のどの部署間より連携のとれた仕事ができるようになったという。
自分と対立する「相手の立場」になってものを考えることは、なかなかうまくいかない。
思考をかなり飛躍させなければならず、それをするだけの興味もない。
相手をきちんと理解するには、想像の中だけではなく、「本当に相手の立場に立つ」
のが一番だ。相手の状況を実際に自分で体験してみる必要がある。
私は自分に子どもができ、ときどき自分ひとりで双子の赤ん坊の面倒をみるようになる
まで、母親としての仕事を重く受け止めたことは一度もなかった。
だが実際に赤ん坊の面倒をみると、半日経った頃には、一○日間の出張を終えた後より、
へとへとになっていた。
もちろん、その大変さは何人かの母親たちからすでに聞いていたし、数ある子育て本にも
こと細かに書かれていたのだが、私はどこか他人事のように感じていたのだ。
実際に自分で体験して初めて、その大変さが実感できた。
だが、私たちがこのシンプルな手法を実際に経験する機会は、驚くほど少ない。
ビジネスの世界では決まって、「顧客の視点に立って考える」ことが望ましいと言われ
るが、考え方としてはすばらしくても、実際にはそれだけでは不十分だ。
正しくは「私たちが顧客になってみる」べきなのだ。
□ シンドラー社の一年目の社員全員が行う業務とは ?
シンドラー社は、エレベーターやエスカレーターの製造や管理を行う、世界有数の企業
である。シンドラー社に入社した社員はみんな、秘書だろうと幹部だろうと例外なく、
一年目のうちの三週間は、「製品の据え付け業務」にたずさわらなければならない。
男性社員も女性社員もブルーの作業着を着て、エレベーターやエスカレーターを設置する
建築現場で補助作業を行う。そうすることで、入社したての新人は、社で扱う製品の
複雑な仕組みについてだけでなく、建築現場で働くとはどういうことかを学んでいく。
(中略)
経営側と働く側との、距離の近さが演出されることは多い。企業の事業報告書には、
必ずといっていいほど、経営陣がベルトコンベアの前でポーズをとっている写真が使わ
れている。だが、経営陣が「実際に」作業着とヘルメットを身につけて、ベルトコンベ
アの前で働いている写真が見られるのは、一○○社に一社くらいだ。
ひょっとしたらその働く姿も写真のためのポーズかもしれないが、少なくとも、そこで
は髪が乱れるのを気にしない、そういう経営者のいる企業の株を、私は意識して買う
ようにしている。
「思考」と「行動」は、両方とも世界を理解するためのアプローチ法ではあっても、
根本的にまったく違う。だが、多くの人はこの二つを混同している。
大学で経営学を専攻するのは、経営学の教授になるためには理想的だが、企業家になる
には適していない。文学を専攻するのは、文学の教授になるには最適だが、文学の勉強を
したからといって優れた作家になれるとは思わないほうがいい。
では、道徳のような抽象的なものはどうだろう? 思考が実際の行動に結びつくことは
あるのだろうか? 日々道徳の問題と向き合っている倫理学の教授は、人間としても立派
なのだろうか ?
その可能性は十分ある。
哲学者のエリック・シュウィッツゲベルとジョンシュア・ラストは、まさにこの疑問を
解明するための調査を行った。倫理学生の講師とその他の学科の講師の行動を、「献血
の頻度」「ドアの閉め方」「会議後に自分のごみを片づけるかどうか」など、一七の
項目で比較したのだ。
ところが、結果として確認できたのは、倫理のスペシャリストたちの行動は、他の講師
たちより道徳的にまったく上を行くものではないことだった。
□ できるだけ質のよい「小説」をたくさん読むべき理由
「思考」と「行動」は別の領域のものだとその事実をうまく利用することもできる。
教会と軍と大学は、数世紀にわたって存在し、いくつもの戦争を乗り越えてきたという
意味で、世界でもっとも安定している組織といえる。この安定性の秘密は何だろう?
これらの組織に共通するのは、どれも「内部の人材を盗用している」という点だ。
したがって、指導する立場の人間は誰でも、下にいる人たちがどう感じているかを具体的
かつ詳細に把握できる。司教になるには、ずっと下の主任司祭から始めなければなら
ないし、どんな司令官も最初は一兵卒だ。大学の学長になれるのも、一度は准教授を
経験した者だ。
世界最大のスーパーマーケットチェーン、ウォルマートでは、二○○万人もの従業員が
働いているが、ウォルマートのCEOは、二○○万人の兵士で構成される軍の司令官とし
ても有能だとあなたは思うだろうか? おそらくそうではないだろう。世界中どこを探し
てみても、ウォルマートのCEOを司令官として採用しようとする軍はないはずだ。
結論。誰かの立場に身を置いて、その人の状況を体験すれば、相手に対する理解が深まる。
人生のパートナーや、顧客や、従業員など、生活における重要なパートナーと実際に
試してみるといい。
役割を交換すると、ほかの方法よりずっと効率よく、迅速に、コストをかけずに相互
理解が可能になる。物乞いに扮して国民のあいだにまぎれこんだ、有名な王様と同じだ。
だがこの方法はいつも使えるとは限らない。
だから、小説を読もう。だきるだけたくさん、それもできるだけ質のよいものを。
よくできた小説世界に入り込んで、主人公の運命のアップダウンを一緒に経験するのは、
思考と行動の中間に位置する有効な解決策である。
この続きは、次回に。
2025年1月17日
株式会社シニアイノベーション
代表取締役 齊藤 弘美